ビジュアル歯周病を科学する
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274 動脈硬化の危険因子として、糖尿病の関与が昔から論じられている。糖尿病では一般に高血糖、肥満、高インスリン血症、低HDL-コレステロール血症や高血圧といったいわゆる虚血性心疾患に対する古典的リスク因子が、非糖尿病に比べより頻繁に見られることから、これら危険因子が糖尿病で虚血性心疾患が多いことを説明する要因であろうと考えられてきた。 しかしながら、これら古典的危険因子では、糖尿病群が非糖尿病群に比べ虚血性心疾患が多い原因のうち、わずか25%程度しか説明できないとも言われている14。さらに、UKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study)に見られるように、厳格な血糖コントロールによって、細小血管障害やそれに由来する網膜症の発症は有意に抑制されるものの、心筋梗塞や脳卒中のような大血管の障害は期待したほど有意に抑えられないことから、高血糖や古典的危険因子以外の要因が、その発症に関与すると考えられるようになった15。 近年、動脈硬化の進展に微細慢性炎症が関与するとの考え方が導入され注目されている。血中炎症マーカーとしてC反応性タンパク(C-reactive protein:CRP)が代表的である。CRPは主に肝細胞で合成され、その産生量は炎症を鋭敏に反映する。炎症や外傷などで免疫担当細胞が産生する炎症性サイトカイン(IL-6がその主体と考えられている)がCRPの産生を促す。血中CRPの正常値はおおむね0.3 mg/dl以下とされるが、全身的に何ら問題を有さない明らかな健康者では、従来健常域と考えられてきたCRPの範囲内であっても、高値を示す者(いわゆる軽微な慢性炎症保有者)ほど将来的に心筋梗塞を発症する危険性が高いこと、したがって従来正常域と考えられてきたCRP値の範囲内をも厳密に測定する高感度CRPを測定することは、心筋梗塞の発症を予知するうえで有用なマーカーとなりうることが示された16。 筆者らは実際に歯周治療を施すことで、高感度CRP値が有意に低下することを明らかにした17。そして、歯周病感染のマーカー(抗体価)とCRP値との正の相関を明らかにした18。さらに肥満を有さない2型糖尿病患者を対象に、歯周病菌P. gingivalisに対して高い抗体価を示す群(高抗体価群)と健常者と同程度の抗体価を示す群(正常抗体価群)に群別し、2群間で頸動脈の肥厚度(内膜中膜複合体:IMT)を比較したところ、狭窄のない血管壁における平均IMTに有意な差はないものの、最大狭窄部位における狭窄の程度は高抗体価群で2倍以上亢進していることがわかった19。肥満患者であれば、マクロファージ―脂肪細胞相互作用に歯周感染が影響した結果起こるアディポサイトカインの産生亢進が、動脈硬化の発症および進行をなおいっそう助長する可能性がある。 近年、わが国における検討から、高感度CRP値が1 mg/L(0.1 mg/dl)を超える者では心筋梗塞やそれによる死亡リスクが、低値群に比べ3倍程度上昇することが示された16。重篤な歯周炎による高感度CRPの上昇はまさにこの範囲での上昇に匹敵する。 筆者らは、歯周病菌に対する抗体価がCRPのみでなく微量アルブミン尿の程度とも相関することを示しており、歯周病感染が腎症の進展に何らかの作用を及ぼしている可能性が考えられる20。インスリン抵抗性、CRPの上昇、IMTあるいはアルブミン尿はいずれも虚血性心疾患に対する危険因子として知られている。歯周病による軽微な炎症が、これら複数の危険因子を介して動脈硬化の進行促進因子として作用している可能性が考えられる(図5)。歯周病と動脈硬化・虚血性心疾患4-3(1)歯周病による軽微な炎症の影響

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