別冊 臨床家のための矯正YEAR BOOK'12
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15踏ん張る力,しなやかな心─矯正歯科治療が育む「生きる力」FRONT TOPICS患者5:23歳女性,震災時動的治療中だった(図3). 「長く来れなくてごめんなさい.職場にずっと泊まり込んでいました.ようやく帰れるまで落ち着いてきたら,今度は無気力になって,外出できなくなって,休職しています.引きこもりって感じです.でも,治療を中断したままではまずいと思って….治療,再開してください」(被災した介護施設に勤務し,災害弱者を支援する側でバーンアウトに陥っていた) このように,巨大地震や津波被害で住まいも仕事も学校も,思い出や家族さえも失った患者が,強烈な喪失感の中にありながら,矯正歯科治療を続けたいと来院してくれた.また,自らも被災しながら支援側に立つ患者たちも,心身ともに疲弊しながらも,自身の矯正歯科治療を再開することに喜びを見いだし,平静さを取り戻そうとしていた.図1 一期治療中に津波被害にあった女子.A:初診時7歳11か月.B:一期治療終了時11歳2か月.C:一期治療終了後,当患者からいただいた寒中見舞状.9歳3か月で一期治療を開始して4か月経過したところで被災した.自宅が流失し,すべて失った.自宅にいた祖母が津波にのまれ,従姉妹も2人津波で亡くなった.小学校が浸水して閉校になった.友人が亡くなったり各地に避難したりして離ればなれになった.父の職場が流失して解雇された.避難所から隣県知人宅に避難し,その後,被災者住宅1軒に2世帯で暮らしていたが,地元の隣市に借り上げ住宅の抽選に当たったので,震災後8か月でようやく家族だけで過ごせるようになった.9歳の子が幾多の辛酸を経て「うれしかった」と言ってくれることに胸が詰まる.図2 二期治療中に津波被害にあった男子.A:初診時9歳11か月.B:二期治療終了時18歳2か月. 16歳8か月で二期治療を開始し,半年で被災した.地震と津波の時は学校にいて無事だったが,周囲が浸水して一晩学校で過ごした後,救出された.家を新築転居したばかりだった.前の家は津波で流失してしまった.震災前に転居できていてよかったのだが,新居の1階が天井まで浸水したので,修理できるまで住めなかった.ローンの他に多額の修理費が必要で,父の仕事は再開できず,両親が苦労している.経済的に苦しいことを慮り大学進学を断念しようとしたが,周囲に励まされて大学に進学し,被災学生住居に入居できた.苦しい環境でも勉学に励み,見事志望校に合格する強さと,両親を思いやる優しさに感動する.図3 動的治療中に震災支援でバーンアウトに陥った女性.A:初診時22歳4か月.B:動的治療終了時24歳9か月.勤務していた介護施設が被災した.施設入居者を避難させ,施設復旧に尽力し,数か月間寝食を忘れるほどのハードな業務をこなした.そのうち,同僚が過労で辞めていき,ますます忙しくなったが,なんとか持ち堪えた.ようやく通常の勤務時間に戻せて自宅に帰ったところ,起き上がれなくなってしまった.無気力で何もする気にならず,外出もできなくなり,休職することになった.治療は震災から8か月中断した.まず,治療再開のために外出するようになった後,徐々に日常生活を取り戻し,その後しばらくして復職できた.復職後も人員減員のため夜勤が多く休暇が取れない状況だが,ストレス解消の工夫をして過ごしている.震災後,医療や介護の現場ではこのような例が多々あった.過酷な環境での疲弊と使命感で自らを追いつめてしまったわけだが,持ち前の明るさと「しなやかな心」でみごとに乗り越えてくれた.図1図2図3AAABCBB

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