新 矯正歯科治療論
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21 歯科臨床では,インプラントやクラウンといった補綴の他に認識しておくべき重要な治療目的として,歯や口腔領域に存在する感覚器から脳にシグナルを伝え,脳から運動神経を通じて末梢の筋肉へと適切な指令を送り,必要な筋を機能させ,発語や咀嚼,表情を作る口本来の役割を発揮させることがある28.中でも咀嚼機能の改善に異論を唱える人はいないだろう. しかし,これまでの歯科治療の技術や理論では,歯の移動方法,クラウン・義歯の作製や装着方法,インプラント埋入法等々の,「もの」としての歯の再製技術については詳細に述べられてきたものの,それを「どのように動かし,機能させるのか」についてはほとんど手がかりがなかった.「歯科治療とは,壊れた部品を交換したり修理してピカピカに磨くだけのものなのだろうか」という疑問をもった筆者は,20年前から矯正歯科治療にPNFを導入している.これまでの矯正歯科治療のみでは得られなかった治療結果の限界が拡大すること,また保定期間中の安定が望める.また,前述した矯正歯科治療において,上顎第一大臼歯の位置を頭蓋骨全体に対して考えるという前述のAngleⅠ級の共通の定義にも適った治療法の選択でもある. 脳と咀嚼の関係(図9)がある限り,どんなにピカピカのクラウンでも,ただ入れるだけでは咀嚼システムへの影響が軽微となってしまうことがある.治療の結果としては,歯や筋,関節などの効果器から感覚入力サブシステムを介してシグナルが中枢制御サブシステムに伝達され,脳からの指令が運動ニューロンを介して伝達され,筋活動が行われなければ意味がない28. 矯正歯科臨床が未来を拓くには,歯科医師が部品の交換や修理をするだけの治療から脱し,どのように口を機能させるかという考えへ転換できるかにかかっている.つまり末梢(咀嚼を行う歯)や顎,歯根膜,筋肉など咀嚼に関係する効果器と,中枢(脳)の相互関係を考えて歯科臨床を行うべきということである. こうした咀嚼システムに対し,PNFは末梢を通じて中枢神経系を促通するための最も効果的で,使いやすい方法の1つである.矯正歯科臨床に大きく寄与するPNFPNFを歯科臨床に活かすために知っておきたい咀嚼システムと脳の関係第1章 │矯正歯科治療の次世代を切り拓くためのメソッド図9 咀嚼システムの定義(システム=哺乳動物において,いくつかの器官が集まり特定の機能を遂行する器官系のこと).日常,歯科医院で行われている治療には保存,補綴,インプラント,歯周,小児,矯正,審美歯科,口腔外科などに分かれているが,これらはすべて「効果器サブシステム」の中に入る(参考文献28より引用改変).中枢制御サブシステム効果器サブシステム感覚入力サブシステム歯,顎骨,顎関節,顎筋,舌,頬顔面筋など.脳のこと.効果器に運動指令を出して咀嚼運動を発現し,コントロールする.感覚信号の発生と脳への伝達を行う.固有受容体,筋紡錘,歯根膜など.咀嚼顎,舌,顔面筋群と唾液腺の協同作業により遂行され,食物を機械的に細かく,軟らかくするリズミカルな運動.

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