ザ・クインテッセンス 2016年7月
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はじめに「食べる」を支えるとは 東日本大震災から5年,それぞれの領域において,さまざまな災害対策が改善され,拡充されてきた.私たちの医療や歯科という領域においても,徐々にではあるが進みつつある.むしろ,「形はできたものの,いかにそれを周知し,そして実践に結びつけるか」という段階にあるのではないかと思われる. 一方で,歯科の災害対策といっても,歯科単独で行うわけではない.歯科という狭い領域だけではなく,もっと大きな医療や保健,そして地域という枠組みと連動することにより,歯科の災害対策はより貢献することができる.厚生労働省では全国規模での災害医療コーディネーターの養成に2014年度から着手し,各都道府県でも各機関合同での災害対応研修が行われ,歯科医師会などからも参加していると聞く. これらの災害対策はすべて,人を救うためにある.災害によって直接的に健康被害を受けた方がたに対しては救護としての救急医療が必要であり,間接的に生活に影響が出たことにより健康問題を生じる可能性が高い方がたに対しては,その予防のための公衆衛生対策が重要となる.さらには,そのような被害を受ける方がたを減らすための防災対策が,つねに見直され,継続されていることが大切である. 人を中心として見た時に,歯科の災害対策の最大の目標は何だろうか? それは,「安全に食べられる口を守る」と言えるのではないだろうか.とにかく,人は食べなければ生きていけない.食べることは,老いも若きも,富めるも貧しきも,誰にでも必要なことである.災害があろうがなかろうが,息をして,食べて飲まなければ,人は死んでしまう.災害という非常事態の悪化した環境のなかでも,安全に食べられる口を守る必要がある. しかし,ひとことに「食べる」といっても,さまざまな側面がある(図1).災害時に適切に食べられない理由が,摂食や嚥下の機能の問題なのであれば,歯科で対応することもできる.しかし,それらを補完する食形態を調理することも必要となるだろうし,特徴のある食べものが手に入らなくて困る人もいるだろう.その他,食べるための体勢を保持したり,食べることを補助する物品が手に入らなかったりする人,もしくは,宗教的な理由で食べられるものがない,味覚の問題で食べられないという人,さらには,食べる気力がわかない,食べることを忘れてしまっているという人もあれば,食べるものがどこで入手できるかがわからない,その入手できる場所まで行けないという人もあるかもしれない.これらに対応するには,それぞれの専門との連携が欠かせない(図2). 災害時の「食べる」を支える体制は,どこまで改善され,整備されてきているのか.「食べる」を支えるそれぞれの立場から,現場における事例紹介とともに問題点を整理し,現在,そして今後の体制整備についてご紹介いただく.食べるの支援歯科は「食べられる口」栄養士は「食べられるもの」「栄養バランス」調理師は「食べやすいもの」あたたかい,やわらかい,おいしいもの「環境」調理場や冷蔵庫清潔な水など「食欲」おなかがすく安心して食べられる環境保健師・看護師は「食べられる体調」企業は「食べ物」食材の提供保存食などへのおいしさや栄養素連携?■食の脆弱性?■災害時の「食べる」支援図1 災害時に大きな問題が生じる「食の脆弱性」をもつのはどのような方がたか.普段は何ら支援を受けていないものの,災害により問題を生じる方がたがとくに見逃されやすい.図2 災害時の「食べる」支援には多くの職種がかかわる.それぞれの観点から準備が進んできているが,どう連携していくかについては,検討され始めたばかりである.中久木康一東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科・顎顔面外科学分野・食形態に制限のある摂食嚥下障害者・食の内容や量に制限のある有病者・障害者・乳児食・幼児食の必要な乳幼児・食の内容に制限をすべきアレルギーの方・食の内容に制限のある宗教の方・情報入手に困難のある障害者・高齢者・外国人・交通手段の問題がある障害者・高齢者85the Quintessence. Vol.35 No.7/2016—1573

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