ザ・クインテッセンス 2016年9月
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連載にあたって 今回,連載を開始するにあたり,ぜひ「イノベーション」という言葉を入れたいと編集部に強くお願いをしました.イノベーション(革新)という言葉を調べてみると「科学的発見や技術的発明を洞察力と融合し発展させ,新たな社会的価値や経済的価値を生み出す革新(文部省:第3期科学技術基本計画)」と記されています. 21世紀に入ってからの科学技術分野のイノベーションは目を見張るものがあり,たとえば1990年代には大型の携帯電話が特定の人にのみ使用されましたが,2000~2010年代に入ると携帯業界にもイノベーションが起こり,誰もが手のひらサイズの多機能携帯を保有するようになりました.自動車業界では水素で動く自動車や自動運転機能が備わった車が登場し,IT環境もIBM汎用機から,持ち運び可能の超高性能タブレットへと進化を遂げています. 以上のように,イノベーションというと劇的な技術的革新を連想しがちですが,既存のものに対する考え方や視点を変えることですさまじい力を生み出すイノベーションも存在します.それが「洞察力と融合」したイノベーションです.Facebookなどが良い例で,本来個人間のやりとりを主目的とするソーシャルネットワーキングサービス(SNS)として開発されましたが,「アラブの春」と言われる一連の中東における民主化運動では,厳格な言論弾圧のなか,クーデターの貴重な連絡網として用いられ民主化の第一歩を演出しました.このように,ものの見方を変えるだけで凄まじいエネルギーを生み出すのが「洞察力と融合」したイノベーションでしょう. 一方,現代の歯科界におけるイノベーションとは何でしょうか? 治療においてはインプラント治療や歯周組織再生療法,デジタル歯科学,歯科用マイクロスコープ,レーザー治療など最新の技術が導入されていますが,われわれ国民の口腔健康状態が根本的に改善されているとは思えません.なぜならば,これらの治療技術はすべて,疾病が起きてしまった後に適用されるものだからです. NHANES(米国全国健康栄養調査)1,2やHugoson ら(スウェーデン,2008)3,歯科疾患実態調査(日本)4が示唆するように,本来,歯周炎が重度に進行している人の割合は意外に少ないということがわかります.見方を変えて,医療の本質がいかに患者の口腔健康状態を長期間維持し,疾病を予防していくかという視点に立てば,残りの重度に罹患していない大勢の人びとにとって健康利益をもたらす歯科医療を確立することこそ,歯科界のイノベーションの第一歩なのではないでしょうか. たとえば,その1つの可能性が定期メインテナンスです.ただ,ここでいう定期メインテナンスは狭義の「定期的な口腔衛生指導やバイオフィルムの破壊と除去」のみではなく,患者の全身健康管理にまで積極的なかかわりができる広義の医療メインテナンス通院を意味します.とくに歯周病はさまざまな全身疾患との関連が謳われて久しく,単なる口腔内感染症の一面だけでなく,宿主免疫介在性の炎症疾患という側面からその病因論の理解が深く求められる疾病です.すべての患者は同じでないという前提に立ち,われわれはオーダーメイド医療の時代にいてプロフェッショナルな歯科医療従事者としてその先を行く機会を得ています. 本連載では,現在一般的に行われている歯科医療のうえに今後20年先の未来を推測し,どのような歯科医療が求められるのかを歯周病学的観点から考察したいと思います.また最終回には,一見机上の理論と見える知識をいかに生きた情報に変えて日常臨床に取り込み,真の患者利益を実現しようと試みている一医院の実際の姿を紹介したいと思います.この連載が,将来を見据えた真の患者利益を実現できる魅力的な歯科医院づくり,歯科医療実現の一助となれば幸甚です. (築山鉄平)45the Quintessence. Vol.35 No.9/2016—2005

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