新聞クイント2017年11月(お試し版)
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2017年11月10日(金) 第263号2 今月のニュース学 会リレー連載 ⑪繋ぐちから繋ぐちから口から食べることを支える地域づくりを目指す矢澤正人東京都新宿区健康部参事、歯科医師 9月15日(金)、16日(土)の両日、幕張メッセ(千葉県)において、第23回日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術大会(市村久美子大会長、植田耕一郎理事長)が「広げよう!つなげよう!摂食嚥下リハビリテーションの輪」をテーマに開催され、7,000名以上の参加者で終日盛況となった。2日間にわたり、シンポジウム、パネルディスカッションのほか、特別講演、招待講演、一般口演、ポスター発表など多数の企画が行われた。 2日目の教育講演6では、寺本信嗣氏(和光駅前クリニック・医師)が「誤嚥性肺炎の新予防戦略―サイエンスとアート―」の題で登壇し、誤嚥性肺炎の機序といった基礎知識から、具体的な予防策までの幅広い内容を解説。氏は、誤嚥のうえで細菌が肺に入って発症して初めて誤嚥性肺炎といえるという細菌の存在を繰り返し強調した。そして、予防については、嚥下のリハビリテーションとともに口腔ケアを行い、質と量の両方からの対策の必要性を挙げた。 また、シンポジウム4「災害と摂食嚥下リハビリテーション」では、植田理事長(日本大学歯学部教授)による座長のもと、近藤国嗣氏(JRAT副代表)、前田圭介氏(愛知医科大学病院緩和ケアセンター)、小山珠美氏(口から食べる幸せを守る会)、笠岡(坪山)宜代氏(日本栄養士会災害支援チーム)、中久木康一氏(東京医科歯科大学大学院)が登壇し、東日本大震災や熊本地震での支援について報告。それぞれの立場から、災害時に注目される「食べる支援」のための共通の指標や、情報共有の重要性が挙げられるなど、災害を見据えた平時からのさらなる多職種連携の構築に資する学会に期待が寄せられた。第23回学術大会、7,000名以上の参加者で盛会に日本摂食嚥下リハビリテーション学会シンポジウム4のディスカッションの様子。地域住民が安心して口から食べることを支えたい 現在、「地域包括ケア」システムの構築が急ピッチで進められている。医療・介護従事者による多職種連携の強化がその鍵を握るといわれているが、それをつなぐ役割こそ行政の役割といえるのではないだろうか。本欄では、行政の立場から矢澤正人氏(東京都新宿区健康部参事)にお話をうかがった。矢澤:在宅療養の可能性について、新宿区の調査において住民の中で難しいと考えていることが明らかになり、それを解消するためにさまざまな取り組みを行っています。 在宅医療における多職種連携は必要不可欠ですが、実際の現場では連携がうまくいかず悩みを抱えている関係者は少なくありません。多職種連携推進のために、歯科は大きく分けて3つの軸(スタンス)が必要だと思っています。 1つめは、歯科医師会の存在です。地域包括ケアシステムは地域が前提となりますので、在宅歯科医療を地域全体で広げていくためには、どんなにすぐれた個人の力であっても限界があります。やはり歯科医師会が組織として超高齢社会という時代を見据えて理念を掲げ、在宅歯科医療を普及・啓発する行動を起こす必要があります。 2つめに、行政として歯科医療従事者が専門性を発揮できるようなサポート体制の整備です。スキルアップするための会議や研修会を開催したり、区民向けのリーフレットの作成・配布や、多職種連携のためのツールなどを開発・整備したり、在宅歯科医療のニーズの受け皿となる窓口をつくることです。 3つめは、コミュニケーション力です。“顔の見える関係”という表現がよく使われますが、治療のゴールである高齢者や障害者のQOLの維持・回復に対する明確なメッセージのキャッチボールができるかどうかが、関係性を深めるカギとなります。 行政は、医師会や歯科医師会など地域の医療専門団体とつねに情報共有を図りながら、共通のゴールに向かっていくことで、質の高いサービスが提供できる仕組みをつくることができます。また、QOLが低下した住民がアプローチしやすい、かかりつけ医やかかりつけ歯科医といった在宅療養にかやざわ・まさと東京都新宿区健康部参事。歯科医師。1978年、東京医科歯科大学歯学部卒業。1982年、同大学大学院予防歯科修了。杉並区南保健所、多摩小平保健所、多摩立川保健所を経て、2012年より現職。かわる多職種の機能を“見える化”する必要があります。 「地域包括ケア」を1つの映画にたとえるならば、行政職の役割は演出家といえるでしょう。主役は住民、医療・介護専門職です。そういった俳優が演技力を発揮できるセットやシナリオ(環境や仕組み)をつくり、「生涯にわたって住みなれた地域で自分の口から食べられる」というストーリーを演出することが求められます。 今後、地域包括ケアを進めていくためには、行政としても地域づくりのために公衆衛生分野で力を発揮できる人材育成が必要です。また、社会と向き合い、口から食べることをサポートする情熱をもった専門職を増やし、多職種連携が推進される仕組みをつくりたいと考えています。 熊本地震から1年7か月が経とうとしている。復興も徐々に進み、失われた日常を取り戻しつつある。私の勤務する歯科医院は、震源地の益城町からほど近い場所にある。奇跡的に医院が無事だったこともあり、本震4日後から診療を再開した。震災を通して、歯や口の重要性だけでなく患者さんとの接し方について、歯科衛生士としてあらためて学ぶことができた。 震災直後、補綴物の脱離や歯の痛みによって食べることが難しい患者さんが多かった。また、貴重な水を歯磨きに使用することがためらわれたのか、クリーニングを求める患者さんも少しずつ増えてきた。震災から数か月が経過し、慣れない避難生活で睡眠不足などのストレスからくる噛みしめや、TCH(歯列接触癖)の患者さんが増え始め、ナイトガードの説明をすることが多くなっていた。震災から半年後には、通院が途絶えていた患者さんが少しずつ医院に戻ってきたが、患者さんの口腔内はその人々の生活を映し出す鏡のようにさまざまだった。 避難所から通院される患者さんの中には、日中の話し相手がいなくて知らず知らずのうちにストレスが溜まっている方や、家族が災害支援でずっと不在で、一人で避難生活を送っている方など、歯科医院に来ることで気分転換になるという方もいた。 長引く避難生活では患者さんの置かれている状況によって、診療室で求められる治療やケアが違ってくる。あらためて歯科衛生士として、セルフケアの重要性を伝え続けなければならないと痛感した。そのためには、不安や寂しいといった気持ちを抱えている患者さんの話に少しでも耳を傾けることが大切であり、心のケアにも重点をおいた。 診療後、笑顔で帰っていく患者さんの後ろ姿を見ると、口腔内だけでなく心のケアにも少しはお役に立てていたように思えて私も笑顔になった。 患者さんの生活に寄り添うケアを続けることが歯科衛生士の私にできること。 そう信じ、日々の診療に臨んでいる。(山本温子・熊本パール総合歯科クリニック健軍院、歯科衛生士)歯科衛生士ができる生活に寄り添うケア。

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