デンタルアドクロニクル 2011
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巻頭特集 14歯科医療は経験学であり、その学習能力を養うことが大事 「終生研鑚」――昭和37年(1962年)九州歯科大学の入学式で、私が当時の永松勝海学長から、祝辞としていただいた言葉でした。 やっと入学試験で合格して、勉強から解放された新入生にはまだピンとこない、むしろ卒業式に相応しい言葉であったのかもしれませんが、残念なことにその年にお亡くなりになられました。 50年近い歳月を経て、未だにその言葉は新鮮で私の心に響きます。 医療に携わる者としては、天職としてその仕事を続ける限り、常に新しい治療技術や知識の研鑚をし続けながら自分の臨床の中に取り入れて、患者さんのためにより良い結果を出さなくてはなりません。 今の時代では、その言葉が当たり前のこととして、若い歯科医師の間に浸透してきました。常に、前向きに研鑚しながら、お互いに競争社会の中で生きていかなくてはならない時代になった、ということでしょうか。 今日の歯科治療は、私が学生時代に受けた教育や、長年にわたって培ってきた臨床技術とは、比べものにならないくらいに高いレベルのものであり、当時では考えもつかないほどの歯科治療革命のまっただ中にあります。常に、日進月歩の医療技術の進歩を意識しながら、すぐに対応できる環境と土壌を育んでいなくてはなりません。歯科治療は、経験を重ねていく中から反省と学習を繰り返していく、いわゆる経験学としての学習能力を養う必要があります。 歯科の臨床は、場数を踏むことによって、自分の過去に行った治療の検証ができ、知識と技術を身につけながら、本物を見分ける能力が次第に養われてきます。 失敗と反省を繰り返しながら、学んでいく姿勢がなければ、いくらお金をかけて高いセミナーに通ったところで、またどんなに素晴らしい先生のもとで学んだところで、医療としてはあまり役にも立たない、むしろ患者さんにとっては大変迷惑な人たちとなってしまいます。 今の研修セミナーは、実に懇切丁寧ですが、山登りでいうと9合目までバスで連れていって、そこから頂上へ登って万歳をしているような感じがします。技術の方法論を中心に学ぶのも大事ですが、もっとベーシックな医療人としての理念と技術を一体化させて、医療人としての姿勢を育むような学び方をしてほしいものです。登山に例えるのなら、麓から自分自身の足で一歩一歩自然の景色の移り変わりを目に焼き付けながら登って行き、疲れ果てながらも、頂上まで登りきった時の達成感を噛みしめて学んでほしいということです。歯科医学や治療技術の発展に合わせて意識改革をする 今までの歯科治療は、他の医院で行われた治療のやりかえ作業があまりにも多すぎました。しかしながら、歯科医師の責任感が増すに従って、他院の治療を治すというよりも、むしろ今後は過去に自分が行った治療が悪くなってきた症例を、どのように患者さんに説明して責任をとっていけばいいのかという方向に変わっていくべきであるし、そうせざるを得ない時代になってきたと思います。 また、20代から60代まで臨床医を続けたとすると、約50年間で歯科医学や治療技術の発展に合わせて、自分自身の意識革命をしていかなくてはならないのです。20歯科人生は「終生研鑽」なり下川歯科医院院長下川 公一下川 公一 しもかわ こういち1968年、福岡県立九州歯科大学卒業。1973年、福岡県北九州市小倉北区にて開業。1991年、1991・1992年度日本歯科医師会生涯研修セミナー講師。1993年、福岡県立九州歯科大学口腔病理学教室非常勤講師。1999年、1999・2000年度日本歯科医師会生涯研修セミナー講師。2004年、福岡県立九州歯科大学臨床教授。2005年、2005年度日本歯科医師会生涯研修セミナー講師。現在、北九州歯学研究会会員、日本審美歯科協会会員、福岡県立九州歯科大学臨床教授。

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