デンタルアドクロニクル 2011
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歯科研修・セミナーで学ぶ5代、30代、40代と経験を積むに従って、さまざまなことを学んでいくわけですが、自分の行った臨床結果が見えてくる40代にさしかかると、一度自分の行った臨床結果を振り返り、その結果を客観的に確認する作業が必要となってきます。 いわゆる歯科医療人生の折り返し点での総括が、絶対に必要であると思うのです。その反省期を意識して、通過した人たちだけがさらに新たなる理想に燃えて研鑚を積んで自分の臨床を完成させていくわけですが、そこで初めて知識や技術だけでは医療は成り立たない、患者さんという人を診るために必要不可欠な人間学を学んでいかなくてはならない、ということを痛感することとなります。トラブル症例としっかり対峙すること 経験を積めば積むほどに、過去に自分が行った患者さんのトラブル症例が増えてきます。これからの歯科医療が継続診療という前提の中で進むと、結局メインテナンスの中で目のあたりにする自分のトラブル症例と対峙していくこととなるでしょう。 それだけに、メインテナンスという歯科治療の概念は、歯科医師としての信頼と責任のもとに早期発見・早期治療を、自分自身が行った処置に対してしていかなくてはならない、大変厳しい医療理念が求められることと思います。 自分が絶対に大丈夫だと思った症例も、10年、20年と経過すると、歯周ポケットも深くなっていくし、補綴物が劣化したり、マージンがめくれてきたりということが、かなりの頻度で起こってきます。私自身もまだ臨床経験が10年に満たないというときは、5年の術後といえば物凄く長い術後経過だと思っていました。 ところが、40年もの臨床経験をしてきますと、5年の術後経過なんていかに短く当てにならないか、というような実感が湧いてきます。 ですから、私が症例を診るものの見方と、若い先生が診る見方とでは全然違うのは当たり前のことだと思います。若い時は、結果がまだ見えていませんから、結構自分の治療に自信があります。5年経ってどこも悪くなっていなかったら、それは絶対の自信となります。私自身がそうでした。それがまさか8年後に歯根破折を起こしたり、歯髄炎を起こしたりするなどとは夢にも思っていないからです。歯科医療人として理念の確立がないと、すべてが中途半端になる 若い時は、ひたすらがむしゃらに学んであらゆることをしていかないといけないのですが、その学び方の中で一番大切なことは、もしも自分自身が起こしたトラブル症例として、思いもよらぬ結果に遭遇した時に、まず何をすべきかを自分に言い聞かせ、その覚悟を常に持ち続けながら取り組んでいくということです。すなわち、もっとも重要な、そして身につく学び方は、自分の患者さんのトラブル症例であると断言できます。自分自身の歯科医療人としての理念が確立され、養われていないと、何を学んできたのかすべてが中途半端な学び方となってしまいます。 そして、ふと気がついてみると、自分より遥かに若い歯科医師が、新しい教育の中で自分たちの時とはまるで違う世代が、すぐ後ろにひたひたと押し迫ってきていて、彼らの一部の人たちからアッという間に追い越されていく現実を目のあたりにすることとなります。 気がつけば50代に突入し、自分の歯科医療人生の晩年を意識するようになってくるわけですが、一般歯科開業医には定年という言葉は存在せず、その幕引きは自分自身で決めることとなります。 自分の仕事の定年を自分で決められるわけですから、一般の人が定年を迎える頃に、心の持ち方ひとつでいろいろと夢のある仕事ができる恵まれた職業である、ともいえます。 20代ですべてのものから学び、30代で先輩や患者さんから学び、40代で自分の失敗症例から学び、50代で後輩を育てながら学び、60代で後輩から学ぶ――それが、歯科医療人生における基本的な学び方ではなかろうかと常々思ってきました。自分の歯科医療人生の中で、悔いのない終生研鑽を続けたいものです。

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