デンタルアドクロニクル 2012
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人間としてどうあるべきかが問い直されている 2011という年は、日本の歴史を揺るがすような出来事がいくつもありました。とくに3月11日の東日本大震災は、皆さんの長い人生の中でも忘れられない出来事となりましょう。 あの震災を機に、日本人の心や考え方は今、大きく変わろうとしています。 東北の人だけでなく、全国の日本人が、テレビに映し出される北国東北で闘う人や原発問題で一夜にして故郷を去らざるを得なくなった人びとの姿に、我が身を投影させました。そして「人間としてどうあるべきか」「企業や病院、組織はどうあるべきか」「家族とは……」また「地域やコミュニティーとの関わりは……」と、普段あまり気にも留めなかったことを考え直すきっかけとなったようです。 それまで多くの人は、生きる基準を「損」か「得」か、また「快」か「不快」かで判断し、さまざまな意思決定を行い、日々を過ごしてきたといっていいでしょう。 でも、一瞬にして家や財産を失い、仏教でいうところの「無常」(世の中のすべては移り変わり、常なるものはひとつもない)を実感した人、また、ボランティアなどで被災地に出向き、その実態を体感した人は、損・得や快・不快を超えて、生きる基準を見出しつつあります。 それは「物・金を重視した生き方」から「心を大切にする生き方」へと大きく転換してきていることです。津波で、目の前の家や車、田畑や工場という「物」が流されてしまいました。 そして、失望し沈んだ心を励まし合い、狭い避難所生活では、ひとつのおにぎりを家族3人で分け合って食べる体験の中から「物より心」の大切さを実感し、絆こそが心の安定になることを悟ったのです。 「自分の利」も大切ですが、お隣の人も「利」を追っている、だからまず隣の人の利のために振る舞う、つまり「利他」の行動をとることで、「人に喜びを与え、共に幸せになろう」とか「人を幸せにする人が幸せになる」など、頭ではわかっていたものを体感として味わい、「他のためにつくす喜び」を全身で味わっています。「物・金の豊かさ」から「心の豊かさ」へ 日本人は古くから「義理と人情」を大切にしてきた民族でありました。しかし、いつの間にか自己や自組織の「利」を追うばかりになってしまい、時として「義」に欠けた生活や組織運営に陥りがちな状況がありました。 私たちは、今まであまりにも「衣・食・住の豊かさ」のみを求め、「心や精神の豊かさ」に力を注がない歴史を続けてしまったのです。そのため、今の日本人の多くは、常に心の欠乏感を持っているようです。 患者さんにしても、歯科医やスタッフにしても、いつの間にかそういう風潮の中に染まって生きてしまっている人がほとんどだといえましょう。 東北には、津波で衣も住も失い、物の貧乏になってしまったが、なぜか心は晴ればれと元気に生きている人がいます。その人たちは、決まって心・精神の豊かな人たちなのです。「徳」が格をつくる 「才」より「徳」と古くからいわれてはいますが、被災地での共同生活などを通じて、そのことはより明確になりました。 少しばかり頭がいいからといって、こざかしく才を使って走っている自称「優れ者」は、時の経過とともに人が離れていきました。地道に「他人のため、みんなのため」と身を犠牲にして尽くしていた人、つまり心の豊かさを求めて―日本的経営の再発見―日本経営道協会 代表 市川 覚峯巻頭特集 430

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