デンタルアドクロニクル 2014
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20巻頭特集2 編集部が注目! 2014年 今、この人が熱い! 本インタビュー収録当時、「2013年イタリアデンタルショー」(2013年10月、イタリア・ブレシア県)での講演から帰国したばかりだった湯浅氏。現在の勤務先・大谷歯科クリニックの院長である大谷一紀氏とともに、前歯部審美修復に関する講演を行ってきたという。 「自然感あるセラミックス製作のための、インターナルステインテクニックについてお話してきました。2,700名もの聴衆の前でしたが、たぶん満足していただける内容にできたと思います」 小社QDT誌の新人発掘コーナー・「NEXT GENERATION」欄にメタルセラミックスの症例を投稿・掲載されたのが2007年、弱冠26歳のとき。さらに、その評判を基に同誌の「MASTER-PIECE」欄への執筆を依頼されたのがその翌年のこと。掲載直後には多くの読者・著者陣からの熱い賛辞が本人にも、編集部にも相次いで寄せられた。 何の後ろ盾もなく、1本の症例投稿から一気に押しも押されもせぬ存在となった湯浅氏だが、この位置に立つまでには飽くなき努力と、さまざまな出会いがあったという。 生来、絵を描くことや彫刻が好きで、美術・造型の道に進もうかと思っていたところ、縁あって東邦歯科医療専門学校技工士科に入学したという湯浅氏。だが入学後は、もともと手先は器用で自信もあったことから、授業も休みがちだったという。 「正直、周りの雰囲気を見ても一生懸命になれなかった。でも、2年生に進んだときに先生から見せられたサンプル模型を見て、絶対に卒業までに追い抜きたいと思うようになって」 ごく身近にいた技工学校の教員の才能が、湯浅氏の向学心に火をつけた。その後は座学にも実習にも励み、卒業後は同じく同校の専攻科に進学。そこで、また新たなる師に出会う。青嶋 仁氏(歯科技工士・ペルーラAOSHIMA)である。 「あるとき、専攻科で見かけた青嶋先生の著書『CERAMIC EXAMPLE』(1991年小社刊、絶版)を読んで、この人は本物だ、この人より上手な人などまず存在しない、と確信しました」 以来、湯浅氏は同書をはじめ、青嶋氏の著作を徹底的に読み込み真似することで、その技術を自らのものにしていった。しかも、湯浅氏は上述の雑誌に掲載されるまで青嶋氏に直接教えを乞うたことはなく、ましてや会ったこともなかったのだという。 「必要なことはすべて誌面の中にありました。自分はただ、それを具現化することに注力してきただけ。時間を割いてお会いするよりも、その時間をトレーニングに使ったほうがうまくなれると思ってきました」 今や、青嶋氏とのジョイント講演でも知られるようになった湯浅氏の意外な一面である。 信じた道を突き進んだ結果、自ら私淑する師との出会い、そして職場にも恵まれた湯浅氏。さらに現在では、青嶋氏の「インターナルライブステインテクニック」を基に自らのテクニックを加えた書を執筆中とのこと。今年33歳を迎える湯浅氏の、今後にますます期待がかかる。Dt. Naoto Yuasa湯浅直人(ゆあさ・なおと)1981年、東京都生まれ。2002年、東邦歯科医療専門学校専攻科卒業。2004年、医療法人社団新芽会近藤歯科(神奈川県川崎市)勤務。2010年、医療法人社団徳洋会大谷歯科クリニック(東京都台東区)勤務。「 好きだと思えたことだから、気持ちが折れない」編集部が注目!

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