デンタルアドクロニクル 2015
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22巻頭特集2-1 私の歩み ―好評書籍の著者が語る“学びの軌跡”―■父の後ろ姿 どんな歯科医師であっても、必ず1人は“師”と仰ぐ人がいることだろう。歯科医師の家庭に育った私にとって、最初の師は父であった。 父は、とりたてて優れた技術を持った歯科医師ではなかったと思う。時代背景もあるかもしれないが、現在の多くの歯科医師のように勉強熱心だったかというと、そうではなかっただろう。しかし、患者さんに対するやさしさは本物だった。たとえ診療時間外であっても、困りごとを訴える患者さんのために診療室に出向く父の後ろ姿は、小さい頃からあこがれだった。だから、当たり前のように私は歯学部を選択したのだと思うし、父のような「患者さんに慕われる歯科医師になりたい」と思うようになったのは、けっして不自然なことではなかったと思う。 そんな父から、「将来の可能性」についての話があったのはいつ頃だっただろうか。卒後、父とともに診療室に立つつもりだった私に、父は「どんな歯科医療を行うか、すぐに決めることはない」と言い、4年間の自由な時間を用意してくれた。結果、筆者は日本の大学院で4年間、米国ではポスドクの立場で3年間、研究に没頭した。その7年間で私は継続的に学ぶ術を習得できたし、また学びに対する貪欲さも身に付けることができた。 私は今、仲間とともに若い歯科医師を指導する立場にある。私の可能性を広げてくれた当時の父のように、若者の背中を将来に向かって押すことが、私に課せられた使命だと感じている。■コースに参加して得たもの 卒後、日米通算7年間の研究生活から父の診療室に帰ってきた私にとって、臨床スキルの向上は急務の課題だった。残念ながら、手が動かない。ゆえに、名だたる臨床家が講師をしている多くのコースに積極的に参加した。 米国から帰国したばかりの私にとって、参加したコースはどれも驚き以外の何物でもなかった。米国にて著名な歯科医師の仕事を多数見学してきたが、それらとは比較にならない緻密な歯科医療が日本では実践されていたのだ。しかしなぜだろう。「すごい」という思いの裏に、「自分には無理だ」という思いが常につきまとった。事実、習ったことを診療室で実践しようにも、うまくいかないことのほうが多かった。 帰国後3年間、悶々とした思いを抱きながら勉強に励んでいた私に、地元でコースを開催していた松下至宏先生(愛知県大府市開業)から、木原敏裕飯田啓介(いいだ・けいすけ)1994年、愛知学院大学歯学部卒業。1998年、愛知学院大学歯学部大学院終了。同年よりカリフォルニア大学ロサンゼルス校歯学部補綴科にポスドクとして勤務。2005年、飯田歯科を継承。日常臨床のほか、木原敏裕氏を中心とした若手歯科医師教育プロジェクト(K-Project)の若頭として、臨床コースの運営、講師として活躍。『プロフェッショナルデンティストリーSTEP 5』の共著者飯田啓介プロフェッショナルデンティストリー患者から信頼される歯科医療とはSTEP 5 Optimal Treatment for Patients歯科医療が目指すべきこれからの方向性● 木原敏裕:監修/森 直基/飯田啓介/前田潤一郎/吉竹弘行/松下至宏:著 ●176頁 ●A4判●定価本体:12,000円(税別)

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