デンタルアドクロニクル 2015
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33編集部が注目! 2015年 今、この人が熱い! 巻頭特集2-2Dt. Tetsuya Sudo須藤哲也(すどう・てつや)1993年、愛歯技工専門学校卒業。1993年、協和デンタルラボラトリー入社。2011年、Defy設立。現在、モリタ デンチャーインストラクター、Ivoclar Vivadent BPSインストラクター、JSOIインプラント専門歯科技工士、BPS認定歯科技工士、JDA(Japan Denture Association)正会員。「 人はひとつのきっかけで大きく変われる」編集部が注目! 現在でこそ、モリタのデンチャーインストラクターやIvoclar VivadentのBPSインストラクターを務め、精力的に活動している須藤氏であるが、最初はむしろ技工が嫌いだった。 「学生時代はギリギリ補講にならないくらいの、ただのやる気のない学生でした」 協和デンタルラボラトリー(木村健二社長)に入社後もそれは変わらず。入社して5年間、仕事が楽しいと思ったことはなく、常に歯科技工士を辞めたいと考えていた。 だが、堤 嵩詞氏(PTDLABO)のコースを25歳のときに受講したことが大きな転機となる。「最後の記念に」と軽い気持ちで受講した須藤氏は、自分がこれまで製作してきた義歯とはまったく違うことに衝撃を受けると同時に、インストラクターという仕事に強い憧れを抱いた。そこで、まずは「義歯の野望」という、この先10年の自分の仕事の目標と給与の推移が事細かに書かれた計画書を作成した。それを目標に、今まではまったくしてこなかった勉強を自主的に始めていく。といっても、当時の認識は「金属床やカラーリング=自費の義歯」であり、決して褒められたものではなかった。それでも27歳のときに第3回国際歯科技工学術大会で義歯のカラーリングで入賞し、その縁で32歳のときにモリタからインストラクターを依頼されるなど、目標に向かって進んではいた。 大きく認識が変わったのは30歳のとき。佐藤幸司氏(佐藤補綴研究室)がインストラクターを務めるBPSのコースを受講し、BPSデンチャーが今まで製作してきた総義歯と明らかに違うことに気が付いた。金属床やカラーリングだけが保険と自費の違いではないと理解したのである。この経験からさらに突き詰めて総義歯を勉強するようになっていった。 「30代半ばあたりには、ある程度自分の中の理論が固まってきたという実感もあり、天狗になっていました」 だが、そう甘くはない。そう気付いたのは、阿部二郎氏(東京都開業)から、氏が主宰するスタディグループJDAに誘われたことがきっかけとなった。JDAに入会して最初に行った発表後、質問責めにあったことで、天狗になっていた須藤氏の自信は、あっけなく崩れ落ちた。 「自分には咬合器上の理論だけしかなく、口腔内に対する知識がないことに阿部先生は気付いていたのです」 実際、歯科医師と歯科技工士がともに学ぶJDAに通うことで、今まであまり興味がなかった印象採得や咬合採得にも興味が湧いてくるようになり、総義歯臨床に対する視野が大きく広がった。 須藤氏は、技工が好きだったわけではない。だが、堤氏から影響を受け、「義歯の野望」を書いて、自分でレールをつくったときから技工が楽しくなった。 「教えていて、過去の自分のように『面白そう』と目がキラキラしている人を見ると、もっと教えてあげたいと思うのです。そのためには、自分ももっと勉強をしなければならないですね」 人は何かのきっかけで大きく変わる可能性がある。須藤氏がこれからも活躍していけば、それに影響を受ける、より若い世代の歯科技工士も増えていくだろう。

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