デンタルアドクロニクル 2016
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10巻頭特集1-3 健康寿命延伸のための歯科医療を考える2016Dr. Tatsuo Yamamoto山本龍生(やまもと・たつお)1989年岡山大学歯学部卒業、1993年歯学博士号取得、岡山大学歯学部助手、1997年岡山大学病院講師、2009年神奈川歯科大学講師、2010年神奈川歯科大学准教授、2015年神奈川歯科大学大学院教授。2001年第8 回国際歯周病学会 John O Butler Travel Award 受賞、2007年国際歯科連盟年次総会 Unilever Poster Award 受賞、2011年平成23年度日本口腔衛生学会学術賞 Lion Award 受賞。日本口腔衛生学会代議員・指導医・認定医、日本歯科医療管理学会理事・評議員。 要介護状態の人の口腔の健康状態が自立して生活している人よりも良くないことは、以前から知られています。要介護状態になるとブラッシングなどが自分でできなくなるため、プラークがたまり、やがて歯周病やう蝕になり、ついには歯を失ってしまうというのがその理由です。 「要介護状態だから口腔の状態が悪い」――もちろん、そういう因果関係はあるのですが、近年の研究から、それとは反対に、「口腔の健康状態が悪くなると認知症発症や転倒・骨折などのリスクが高まる」、すなわち「要介護状態になるリスクが高まる」可能性が指摘されています。これは逆に考えると、「口腔の健康状態を良好にすることで要介護状態になるリスクを減らせる」ということでもあります。その可能性について、最近の研究をもとにお話しします。口腔の健康が認知症発症リスクに影響 要介護の要因の1つである認知症。現在、85歳以上の3~4人に1人が認知症であるといわれており、2015年1月発表の政府予測では、2025年には65歳以上の約700万人が認知症になるとされています。 図1は、日常生活自立度が「全自立」で認知症の判定を受けていない65歳以上の4,425人を対象に行った、4年間の前向きコホート研究(追跡調査)の結果を表しています1)。 「歯がほとんどなく義歯を使用していない人」を、「歯が20本以上ある人」と比べると、認知症発症のリスクが1.85倍高くなっていることわかります。また、図1において「歯がほとんどなく義歯を使用していない人」のハザード比(1.85)と「歯がほとんどなく義歯を使用している人」のハザード比(1.09)を比較すると、(1.85-1.09)/1.85=0.41(41%)となり、歯がほとんどなくても義歯を入れることで、認知症の発症リスクを約4割抑制できると読み取れます。これは「歯がほとんどなく義歯を使用している人」と「歯が20本以上ある人」との間に有意差がないことからも考察できます。 つまり、単に歯が少ないということだけが認知症発症リスクを高めるのではなく、歯が少なくてもあきらめないで義歯を入れると、発症のリスクが下がる可能性があるのです。 この研究の結果から、口腔状態の悪化が認知症発症に至る経路として、以下の3つが考えられます。1.歯の喪失・義歯未使用→咀嚼能力の低下→食品選択の変化→栄養状態の変化→認知症発症 歯がほとんどないにもかかわらず義歯を使用していない人は、咀嚼能力が低下して、食べられる食品が限られるようになります。特に、歯の少ない人は軟らかい菓子パンや麺類のようなものばかり食べて、生野菜などのビタミン類の摂取不足が起こりがちです。ビタミン類の摂取が不足している人が認知症になりやすいことは、すでに周知の事実です。2.歯の喪失・義歯未使用→咀嚼能力の低下→脳の認知領域の変化→認知症発症 歯がほとんどないにもかかわらず義歯を使用しなくなると、咀嚼回数が減ったり、うまく噛めないために飲み込もうとします。咀嚼をしなくなると、大脳の海馬や扁桃体といった認知機能をつかさどる領域への刺激が少なくなるので、その結果、認知機能の低下が起こり、認知症になりやすくなる可能性があります。歯科から始まる認知症と転倒・骨折予防から見た“健康寿命延伸”

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