デンタルアドクロニクル 2018
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10巻頭特集1-3超高齢社会の“歯科訪問診療”を考える 2018患者さんの「食べたい」に応えるこれからの歯科訪問診療 在宅の患者さんやそのご家族が求められること――それは、さまざまではありますが、最終的には「●●を食べたい」「もう少し口から食べさせてあげたい」など「食べる」ということにいきつくのではないかと日々の歯科訪問診療を通して感じています。 人間にとって「食べる」という行為は、単に生命維持のために栄養を摂取することだけではありません。「食」を楽しむという心理的満足、生活リズムの調整、口腔機能の向上、唾液分泌の促進(自浄性の向上)、生活の質(qual-ity of life;QOL)の維持・向上、コミュニケーション手段など、社会生活を営むうえでさまざまな意味があります。つまり、人間は「食べる」ことによって一定の活動レベルを維持し、社会とのつながりを保っているのです1)。 では、「食べられない」ことが常態化するとどうなるのでしょうか? まず、栄養が偏り、低栄養や筋力の低下を招きます。また、咀嚼回数の減少から唾液分泌量が低下し、口腔環境が悪化します。さらに、一人で食べる(孤食)機会が増えると「食」を通じてコミュニケーションをとる機会が少なくなり、心理的満足が得られず、刺激の低下によって認知症を助長することも予想されます。 このように、生きるうえで欠かせない「食べること=食べる力」を守るためには、口腔の専門家である私たちが介入し、診ていくことが当然だと考えます。まずは「生活環境」に目を向ける つまり、歯科訪問診療では、私たちは歯科治療や口腔ケアをしたら終わりではなく、果たしてその口で「食べられるのか」というところまで診ていく必要があります。 “食べられるかどうかを診る”というと、嚥下診療などの話だととらわれがちですが、まず診てほしいのは「きちんと噛めているか、話せているか」、すなわち「生活できているか」というシンプルなところです。 そもそも、歯科訪問診療が歯科医院での診療と大きく違うのは「患者さんやご家族の生活の場に踏み込んでいく」ということです。つい専門職の立場から口腔管理を生活の中心に考えてしまいがちですが、患者さんやご家族にとって、それは生活の中のほんの一部でしかありません。病院や施設の管理者は専門職ですが、在宅では管理者がご家族になります。ご家族が「それはできません」とおっしゃれば、できないわけです。つまり、その家々の環境(協力度)に合わせて足し算や引き算をしながら指導していくスキルが求められてくるのです。 そのため、まずは、その患者さんがどのような状態にあるのかを把握してほしいと思います。たとえば、脳卒中やパーキンソン病、認知症など、何か病気が背景にあるのか、あるのであれば、現在どのくらいのステージにいるのか。さらに、患者さんはどのような家庭環境にいるのか、ご家族はどれくらいの協力度なのか、キーパーソンはいるのか。そういった多角的な視点から患者さんを診ていくことが必要になります。 それらを把握・理解できたら、口腔内を診察して「このような全身状態・口腔状態の患者さんがこの環境のなかで、どうしたらうまく食べられるか」を総合的に考えます。患者さん、ご家族の想いと擦りあわせながらリスクを回避し、サポートしていくのが、歯科衛生士をはじめ、歯科医療従事者の任務なのです。歯科訪問診療の現場で「食べる」を診る重要性―歯科衛生士ができること―から見た“歯科訪問診療”Dr. Takashi Hase長谷剛志(はせ・たかし)公立能登総合病院歯科口腔外科診療部長。2001年北海道医療大学歯学部卒業、2006年金沢大学大学院医学系研究科修了。2006年より公立能登総合病院歯科口腔外科にて勤務。金沢大学大学院医薬保健学総合研究科 外科系医学領域顎顔面口腔外科学分野 非常勤講師。「食力の会」代表。日本口腔外科学会専門医、日本老年歯科医学会認定医・指導医。

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