デンタルアドクロニクル 2019
12/180

10巻頭特集1-3 健康長寿社会の実現に向けて、それぞれのライフステージで歯科ができること義歯を作ったら使って食べてもらうまでサポートするのが歯科の役割 私が当院の病棟に入院患者さんの食事のようすを観察しに行くと、診療室では「(義歯を)使ってみます」と言っていた方が、義歯を使用していないことがあります。おそらく一般開業歯科医院の患者さんにも、同じような方がいらっしゃるのではないでしょうか。 義歯は慣れるまでに個人差もありますし、新しい感覚に慣れていただくまでにはわずらわしさがあるかもしれません。しかし、義歯を装着せずに咀嚼機能を失ったままでいることは患者さんの健康に悪影響をもたらします。義歯を作ったあとも、実際に使って食べていただくよう、われわれ歯科医療従事者は務めなければなりません。なぜ患者さんはせっかく作った義歯を使わずに食べるのか なぜ一定数の患者さんが義歯を使わずに食べるのでしょうか? 推測される理由は以下のとおりです。 ①義歯が適合していないから。 ②義歯装着時に違和感があるから。 ③(実際は十分に咀嚼できていなくても)嚥下はしっかりしているため、義歯を使わずに食べられるから。 他に、すでに要介護状態にある方で、口腔機能の低下により義歯を使用できない、認知症により「義歯を使う」ということが理解できないというケースもあります。 ①は義歯そのものに問題があるため調整が必要ですが、②③は義歯導入当初のわずらわしさや違和感に、モチベーションが負けてしまっている状態です。私は、こうした要介護状態の手前の段階にあり、歯科医院に通院できている②③の患者さんに、「義歯を使ってよく噛む」ことで健康長寿を目指していただきたいと考えています。歯科医師も、よく噛めなければバランスよく食べられない それでは、患者さんに義歯を使って食べるモチベーションを持ってもらうためには、どのように説明すればよいのでしょうか。 まず、咀嚼力が低下すると食事や栄養が偏ることを理解してもらいます。 私たちヒトは、咀嚼力によってさまざまな形態をした食物を安全に嚥下することができます。同時に、多様な食品を摂取することは、バランスのとれた栄養摂取にもつながっています。しかし、現在歯数が減ると、咀嚼力が低下して「噛みにくい食べ物」が増えます。食事は毎日行うことですから、わざわざ噛みにくい食べ物を選ぶことは不自然です。そのため、硬いものを避けて軟らかいものを食べるようになると考えられます。 日本歯科医師会の会員約2万名(平均年齢52.2歳)の健康調査から栄養素・食品群摂取量を推定し、これと現在歯数との関係をまとめた報告1)によれば、食品群では、歯数が減少するにつれて、牛乳・乳製品と、緑黄色野菜を含む野菜類など多くの食品群で摂取量が減る一方で、米や菓子類の摂取量が増えています。この結果、栄養素では、カルシウム、カロテン、ビタミンCの摂取が少なくなり、逆に、炭水化物の摂取が多くなっています。歯科医師であっても、現在歯数が少ないことと食事や栄養の偏りには関係があることが示されているのです。 また、平成17年国民生活基礎調査とリンクさせた国民健康・栄養調査のデータを用いた報告2)でも、歯科医師の結果とよく似た結果が出ています。 口腔の専門家である歯科医師のデータを示し、「歯医者さんでも、よく噛めないお口ではバランスよく食べられないんですよ」と伝えてあげれば、患者さんの意識のハードルを下げること要介護予防のためにも、義歯を使ってよく噛む大切さを伝えるDr. Yasuyuki Iwasa岩佐康行(いわさ・やすゆき)原土井病院歯科/摂食・栄養支援部部長(兼務)。2000年3月、東京医科歯科大学大学院口腔老化制御学分野修了(歯学博士)。東京医科歯科大学歯学部附属病院高齢者歯科勤務ののち、聖隷三方原病院リハビリテーション科へ移り歯科を開設。2001年8月より原土井病院歯科に常勤。日本老年歯科医学会指導医・専門医、摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、日本抗加齢医学会専門医、日本静脈経腸栄養学会認定歯科医。

元のページ  ../index.html#12

このブックを見る