歯科衛生士 5月
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EBMは研究のための研究から臨床 EBM(Evidence Based Medicine)という言葉が使われはじめて20年が経過しました。EBMは患者さんと医療従事者の関係を良好にし、より良いヘルスプロモーション、疾患マネージメントを助けるツールであることに違いはありませんが、その考え方は変化してきています。ここでは、EBMの変遷から今のとらえ方を学んでいきましょう。 PART11豊島義博Yoshihiro Toyoshima鶴見大学歯学部探索歯学講座膨大な情報が集まったものの、それが信頼できる情報か否かを検証する作業が必要になり、そのための研究機関が発足しました。 インターネットに接続できる環境さえあれば、だれもが大量の情報を簡単に得られます。しかしその反面、情報の妥当性、信頼性を評価するのはだれもができることではありません。そこで正しい情報を多くの人々に提供するために、検証する機関が次々と発足しました。1992年にはコクラン・コラボレーション*1がイギリスで、また1995年には「Center for EBM」、1999年には診療ガイドラインや医療技術を評価した「NICE」(イングランド、ウエールズ地区の保健省が担当)、「SIGN」(スコットランドの保健省が担当)なども設立され、各国とも同様の医療技術評価のサイトを運営するようになりました。ちなみに日本でも診療ガイドラインやコクラン・レビューを翻訳したものを掲載する「Mindsガイドラインセンター」*2や「歯科医学会診療ガイドライン掲載部会」などができています。このころに「EBM」という言葉が生まれました。だれもがインターネットで情報を検索でき、膨大な情報収集が可能になったことが、EBM誕生を後押ししたのです。 1991年、カナダのマクマスター大学の内科医Gordon Guyattが、米国内科学会誌(ACP journal Club)に投稿し、その中で、従来の臨床疫学の利用に加えてパソコンによる検索という付加価値を加えた「EBM」という言葉を提案しました。今では日常的になった検索という作業は、それまでは図書室で書物を開いて調べるという手作業のみでした。それがコンピューターやデータ通信による検索によって大量の情報が得られるようになったのです。しかし、今度はその内容が妥当なものか、検証しなくてはならなくなりました。それがEBMの発端です。その後、介入を行うグループ(実験群)と介入を行わない群(対照群)に分けて比較を行う方法(ランダム化比較試験、RCT)が、「もっとも信頼できる研究」といわれるようになっていきます。 システマティック・レビューを収載した「コクラン・ライブラリー」が1993年に刊行されました。コクラン・ライブラリーの生みの親であるArchiebald Cochraneは、「すべての医学的介入についてRCT(ランダム化比較試験)が必要で、さらに要約され、最新化され、必要な人に伝えられるべき」と力説しています。つまりこれは、それまでの臨床疫学の考え方を踏襲し、治療や予防の有効性を検討するにはシステマティック・レビューやRCTがもっともふさわしいという考え方です。EBMが提唱されてから初期の10年間は、この考え方が主流でした。これを「エビデンス・ヒエラルキー」(図1)と呼びます。 1990年初頭 1992年 1993年78歯科衛生士 Vol.38 May 2014

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