歯科衛生士 2018年10月号
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認知機能の低下によってブラッシングはできなくなっていく 診療室で行うブラッシング指導では、プラークの付着状況や歯ブラシの当て方を患者さんに説明するのに、鏡を使うことがよくあると思います。このとき、鏡から入ってくる情報を処理しているのが、高次脳機能*のひとつである視空間認知機能という脳のはたらきです。このはたらきによって、鏡に映った歯や歯肉、歯ブラシと、実際の自分の歯や歯肉、手に持っている歯ブラシとが同一であると認識できるのです。 しかし、認知症によって視空間認知機能が障害されると、視覚から得た情報の処理が滞り、鏡を見ながらブラッシングを行うという行動に移せなくなります。そもそも、鏡を見ていなくても、ブラッシングとは磨く本人が目に見えない口腔内の歯肉や歯をイメージし、実際に歯や歯肉に歯ブラシを当てて磨く高度な技術をともなう行動です。さらに、高次脳機能の低下に加えて記憶障害や失行が起これば、歯ブラシなど認知症の症状からセルフケア能力を見極めるの清掃用具すら使えなくなってしまいます。認知症の中核症状はブラッシングにどう影響する? 認知症にはいろいろなタイプや症状がありますが、どのタイプの認知症でも必ず現れると言われているのが、中核症状です。表2に、中核症状の概要と、その中核症状がブラッシング時にどんな行動となって現われるのか、さらにその際考えられる対応の方法を示します。ただし、患者さんそれぞれのキャラクターにも左右されるため、一概には言えないところもありますので、場面ごとによく観察して対応してください。表2 認知症の中核症状と歯磨き支援中核症状の種類ブラッシング時に現われる行動対応のポイント記憶障害できごと記憶(短期記憶、長期記憶、エピソード記憶、意味記憶、手続記憶)の障害。●ブラッシングをしたかどうかを忘れてしまう。●指導されたことを忘れてしまう。●新しい手技が覚えられない。●「新しい技術を指導しても理解できないだろう」と判断し、これまでできている技術(残された機能)を有効に活用して、介助磨きの導入を検討する。見当識障害時間や場所が不明になり困ることが増える。「時間や日時」→「場所」→「人物」の順でわからなくなる。●歯科にかかっている状況がわからない。●口の中で何に困っていたのかがわからない。●「これから〇〇をしましょう」と具体的に現在の状況を説明してから、行動に移る。●口を触られる場面の必然性を感じ取れるよう誘導する。理解・判断力の障害複数の同時進行した情報の処理能力が低下する。●指示された内容が情報過多となり、興奮状態に陥ってしまう。例:「歯磨きをした後は口をゆすいでくださいね」……「歯磨きをする」「口をゆすぐ」の複数の情報があり、これを時系列で実行しなくてはならないため、できない。●歯科医師や歯科衛生士など複数の人から声をかけられると、情報を処理できなくなり、怒ってしまう。●指示は短くし、本人が納得してから次の内容を伝える。●話しかけるときは、一人ずつ。●物音や話し声も情報となるため、診療器具の取り扱いや声のトーンに気を付ける。実行(遂行)機能障害物事を目的に合わせてやり遂げることが難しくなるため、今までできていたことができなくなり、周りがおかしいと思う。●洗面所に来たが、何をすればよかったのかがわからず、うがいやブラッシングを始められない。●一つひとつの断片的で単純な作業や行為は可能なため、何ができ、何ができないかについて理解を深め、アプローチする。*高次脳機能:視覚などの感覚器から入った情報を処理し、その情報をもとに自分が置かれている状況に適応した行動へと導く脳の機能。「言語、記憶、認知など人間を人間たらしめている機能」と定義されている。69歯科衛生士 October 2018 vol.42

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