歯科衛生士 2019年9月
5/8

「歯磨きおばさん」になっちゃうよー!歯磨きおばさんにだけは、絶対なりたくない!」 学生時代から、ずーっと、そう思い込んでいた。そのきっかけとなったのは、あるベテラン歯科衛生士の講演だった。彼女が、自分の嚥下訓練で口から食べられなかった人が食べられるようになったという事例を報告しながら、「訪問での口腔ケアは、ただの歯磨きではダメ。機能訓練が大事なの!」と話されるのを聞き、「歯科衛生士なのに摂食嚥下のしくみや全身疾患の知識を完璧に理解して、そのうえリハビリまでできるなんて、超カッコイイ! 自分ひとりの力でなんでもできる“スーパーハイジニスト”こそが、今の時代に求められる歯科衛生士像なのだ!」と、すっかり感化されてしまったのである。 しかし、就職後の仕事の大半はいわゆるごく普通の口腔ケア。歯科衛生士になったのだから至極当然である。しかし当時は、こんなことしかできない自分はおそろしくダメな歯科衛生士だ、と恥ずかしくてしょうがなかった。「だいたいなんでこんなに毎日他人の口の掃除ばっかりしないといけないんだ! もっとやりがいのある仕事がしたい! このままでは将来、歯磨きおばさんになってしまう!」 そう焦りを覚えていた矢先、ある介護施設のミールラウンドに参加する機会を得た。張り切る私を横目に、上司の歯科医師は口酸っぱく「歯磨きを軽視するな! ごくあたりまえの歯科医療や口腔ケアを大事にしなさい」などと注意してきたが、意味がわからなかったのでとりあえずスルーした。 しかし、機能面を重視した(と、自分で思い込んでいた)食事介助に関する知識は、誰にも受け入れてもらえなかった。日常的にいちばん近いところで利用者の生活を見ている介護士に、「その食事介助の方法は危険だと思います」などと意見しても、「でも、この方法で食事介助するのがいちばんよく食べるんです」と返される。それでも、教科書的に正しくないのだからそれは間違いだ!と独りよがりな指導を繰り返していたのだから、無理もない話である。口の掃除なんかで食べられるようになるわけないそんななか、ある1件の在宅ケースを経験した。カツノさんというおばあちゃんで、ある日急に口から食べられなくなり、弱ってベッドから起き上がれなくなってしまったとのことだった。「おっ、きたきた。嚥下の問題か?」と浮足立つ私に、歯科医師が指示したのは、またしてもごく普通の口腔ケアだった。「何言ってんだろう? 口の掃除なんかで食べられるようになるわけないのに……」と、心の中でブツブツ文句を言いつつも、とりあえず従った。 しかし翌週、驚きの光景を目の当たりにした。寝たきりに近かったカツノさんが一人でスタスタ歩いてトイレに行き、得意の歌までルンルン口ずさんでいるのである。しかも、先週はあれほど食べることを拒否していたのに、スイカを美お味いしそうに頬張っている。 「ほんまにびっくりしたわあ。食べれんかったんは口の中が原因やったんやな」と家族が感心していた歯磨きおばさんでいいじゃないか!第1回歯科衛生士 September 2019 vol.4374

元のページ  ../index.html#5

このブックを見る