歯科衛生士 2019年9月
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が、誰より驚いたのは私である。ごくあたりまえの口腔ケアというものが、こんなにも人の生死や人生の楽しみ、生きがいを左右することがあるなんて、思いもしなかったのだ。 思い起こせば、介護施設のスタッフからも「丸岡さんのアドバイスで食べるようになったんですよ!」と言われたことはあった。そして、それらはすべて口の中に問題を抱えていたケースであった。 どうして、今まであれほど自らの口腔ケアが持つ力を軽視していたのか? ――それは、これまで一度も「高齢者の暮らし」を見てこなかったからだ。彼らの暮らしを直接見たことで初めて、自分の仕事の本当の価値に気付かされたのである。「ごく普通の口腔ケア」が持つ力勘違いしてはいけない、と思う。「毎日やっていること」こそが自分の専門なのであって、机上で学んだだけの(自らの経験に基づかない)知識など現場では大して役立たない。普段やってもいないことに果敢にチャレンジしたところで、「できないものはできない」のである。 私が訪問でかかわっているケースのほとんどは、いわゆる「普通の歯磨き」だ(もちろん、素人技ではない「プロの歯磨き」だが)。やっていることは、診療室での仕事と何ら変わりない。違うのは在宅や施設という場所だけである。 現実は、カツノさんの「劇的! ビフォーアフター」のようにドラマチックな出来事ばかりが起こるわけではない。地味で泥臭いケアの連続だ。それでも最終的に噛める歯がずっと残って、肺炎にならないというだけで、成果としては十分じゃないか。あるいは、お年寄りから「あなたが来てくれるのがいちばんの楽しみ」なんて言っていただけるだけでも、たいそうすばらしいじゃないか。 ずっと定期健診で来ていた方に「診療所に来るのが大変なら、家に行きますよ」と言って訪問につながるケースも多い。来られないから、行く。至って当然のことである。それなのに、いまだに偏ったイメージばかりが先行して「訪問アレルギー」を克服できない歯科衛生士は多い。そんな理由で、長年の付き合いだった患者さんが来院できなくなった途端に見捨てるのは、あまりに悲しい。 だからこそ、声を大にして言いたい。「歯磨きおばさんでいいじゃないか!」……いや、「歯磨きおばさんこそが、世の中に必要なのだ!」と。訪問を特別視する理由はどこにもない。私たちが「あたりまえにできること」にこそ、じつはいちばん価値があるのだ。 私は今、自分が歯科衛生士という仕事を選んだことをとっても誇りに思っている。Illustration:macco香川県出身。山奥の診療所で歯科診療をしながら、施設や在宅など数々の訪問先へ足を運ぶ。口腔ケアにはじまり、お好み焼きパーティー開催、ときには買い物ツアーまで?! 日本老年歯科医学会認定歯科衛生士、徳島大学大学院総合科学教育部地域科学専攻修了。『今年で28歳。まだまだ“歯磨きお姉さん”のつもり……です』丸岡三紗Misa MARUOKAまんのう町国民健康保険造田歯科診療所[香川県]歯科衛生士「スイカ美う味まいわ!」と、大満足なカツノさん。施設入所となり、定期受診に来られなくなったSさん。すぐに訪問に切り替え、歯のお掃除を継続している。[第2回] 「訪問に、スーパーハイジニストはいらない!」4年前、過疎化が進む香川県まんのう町琴南地区にやってきた丸岡DHが患者さんとのエピソードをノンフィクションでご紹介。生活に溶け込むように訪問するその姿から、地域医療に必要な「ゆるさ」が見えてきます。75歯科衛生士 September 2019 vol.43

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