nico 2019年12月号
8/8

――日本歯科ボランティア協会さんは、ミャンマーの歯科保健向上に尽力なさっている国際NGOですよね。でもなぜミャンマー専門に活動しておられるのですか?長谷川 もともとミャンマーで歯科医療援助の活動をはじめ、現在はミャンマー政府から認証を受けているNGOだからです。ミャンマーの厚生労働省にあたる保健省(保健・スポーツ省)と覚書をかわして活動しているんですよ。――日本のNGOでなく、ミャンマー政府公認のNGO!長谷川 そうです。ミャンマー政府が行う歯科保健政策に提案を行い、ともに推し進めていくことを目的とした国際非政府組織なんですよ。日本国内では内閣府NPOとしての登録ですけどね。――そこまでミャンマー政府に見込まれているとは。いったいどういうきっかけでご縁が?長谷川 はい。じつは父の代わりに、先の戦争で亡くなった日本兵の慰霊長谷川 何度も通っているうちに、案内をしてくれるかたなど、現地に友人が増えましてね。ミャンマー人の温かな人柄に触れて、この国にすっかりほれ込んじゃった。現地で歯長谷川 私が歯科大学の学生だった頃、ミャンマーに通っていたものですから。日本ではまだビルマと呼ばれていた頃です。――そんなに以前から?科のいろんな相談に乗るうちに、「ミャンマーの役に立ちたい」と強く思うようになりました。――それで、有志を募って支援を?長谷川 そうです。ミャンマー国民の大多数は、自分の口腔の健康に気を配る習慣がありません。篤志家や寺院が慈善病院を運営し歯科治療を行っていますが、器具も機材も少なく治療環境も劣悪です。それで歯科大を卒業する頃、同級生にボランティアを呼びかけたところ「ぜひやろうじゃないか」と加わってくれたのが、現在私たちNGOの副理事長である西原達次先生(九州歯科大学学長)と花田信弘先生(鶴見大学教授)です。――以来ミャンマーで歯科ボランティアを?長谷川 はい。私たちが中心となり、有志を募って歯科保健ボランティアを続けてきたのですが、2013年に母校の九州歯科大学の協力でNPO法人を設立することができました。その際、大学が現地の歯科大学と協定を結び歯科医師の派遣もしてもらえるようになったので、ボランティミャンマー政府公認の 国際NGOです慰霊の旅からはじまった ミャンマーとの縁 仏塔のある高台からネーピードー市内を望む。の旅をしていたのです。私の父はビルマ戦線からの帰還兵でした。父は運よく生きて帰れたのですが、大勢の仲間がそこで亡くなりました。常々「いつか慰霊に行きたい」と言っていましたが、それを果たせずに50代で亡くなってしまったんです。それなら父の代わりに僕が行こうと。当時、外国人が入れた激戦地にはすべて足を運びました。――それがミャンマーとの最初の出会い……。392019年12月号

元のページ  ../index.html#8

このブックを見る