ビジュアル歯周病を科学する
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42 歯肉炎といわれる状態は長期間続くことがあり、場合によっては数年以上にわたることがある。この歯肉炎の状態から歯周炎への移行が、どのような時に、何をきっかけとして生じるのかは、まだ十分には明らかになっていない。しかしながら歯周炎への移行によって、それまで歯肉組織に限局していた組織破壊はさらに根尖側へと進行し、歯根膜、歯槽骨とセメント質からなる歯の支持機構(線維性付着)にも破壊が及ぶようになる。 この歯周組織破壊は必ずしも一定の速度で進行するわけではなく、組織破壊が短期間のうちに急速に進行する活動期と、長期間にわたり破壊がほとんど生じない静止期を繰り返しながら進行することや、その活動期の生じ 歯周組織は硬組織と軟組織から成るが、そのうち軟組織は上皮細胞、線維芽細胞を主とした細胞成分に加え、線維芽細胞が産生するコラーゲン、エラスチンなどの線維構造と、プロテオグリカン、フィブロネクチン、ヒアルロン酸やラミニンなどの細胞外基質によって構築される。歯周病原性細菌の中には、この線維構造や細胞外基質を分解する酵素を産生することで、宿主の組織破壊に直接的に関与するものがある。たとえばP.gingivalisが産生するプロテアーゼの一種(ジンジパイン)は、広範な生体タンパク質を分解・不活性化する酵素活性をもつのみならず、宿主防御機能からの回避や体液性免疫応答の誘導にも関与しうることが知られている。また他の多くの歯周病原性細菌も、コラゲナーゼやトリプシン様酵素、ケラチナーゼなどの多様な酵素を産生し、歯周組織の破壊に直接的に関与していると考えられている。 一方で、バイオフィルムからのさまざまな刺激を受けることにより、歯周組織には炎症反応と免疫応答が引き起こされる。その結果として産生される宿主由来の生理活性物質は、細菌由来の酵素よりもさらに大きく歯周組織破壊に関与していると考えられる。炎症局所にみられる多数の炎症性浸潤細胞のうち、好中球は炎症反応の初期から局所に集積して異物排除にはたらいており、外来性の異物を貪食して細胞内に取り込み、活性酸素や次亜塩素酸のはたらきによって酸素依存的に、またリゾチームやカテプシンG、ディフェンシンなどのはたらきによって酸素非依存的に、取り込んだ異物を殺菌・無毒化する。そして貪食を終えると死滅し、マクロファージにより処理されるか「膿」として排出されるが、その際にカテプシンGなどのセリンプロテアーゼやエラスターゼなどの酵素が不活化されることなく生体内に放出されると、生体自身の構成成分もこれらの酵素により分解されてしまうため、歯周組織の破壊を引き起こす(図4)。宿主免疫がもろ刃の剣といわれるゆえんである。また好中球やマクロファージなどの炎症性細胞のみならず、歯肉線維芽細胞や上皮細胞などの宿主細胞が産生するマトリックスメタロプロテアーゼ(MMPs)も、歯周組織破壊に深く関与している。MMPsは細胞外基質の構成成分であるコラーゲンやプロテオグリカンの分解、生理活る頻度が各個人によって、また一個人の中でも各歯・各歯面によってさまざまであること(ランダムバーストセオリー)が知られている(図3)。このような歯周組織破壊の進行速度の多様性には、細菌の量や組成の違いによる病原性の差異、細菌に対する宿主の反応性の差異を規定する全身的要因(遺伝的要因を含む)、プラーク停滞因子や咬合といった局所的要因、さらには喫煙などの環境要因が、相互に関与していると考えられている。 このように、原因であるバイオフィルムだけではなく、多種多様な因子が歯周病の病態に関与しているということが、病気への理解や対処を困難なものにしている。結合組織の破壊歯周ポケット形成と歯槽骨吸収2-4

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