インプラント治療の根拠とその実践
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序文 preface1990年代の初頭、わが国はインプラント治療の黎明期にありました。米国歯科大学院同窓会(Japan Society of American-educated Postdoctoral Dentists: JSAPD)では、その当時から、インプラント治療をトピックとして数回にわたり会員向けのクローズドセミナーでとりあげ、基本的な術式や将来の展望を語り合っていました。以降も折に触れ、クローズドセミナーならびに会員以外の参加も可能な公開セミナーでインプラントの話題をとりあげてきました。しかし、あえてインプラント治療をメインテーマに掲げたセミナーを開催してはいませんでした。わが国におけるインプラント治療は、予測しうる範囲の失敗が語られることはあったものの、おおむね健全、かつ着実に歯科治療の選択肢の一つとして根付きつつあるものと思っていたからです。ところが、第10代会長の畠山善行先生の任期中である2011年から2012年にかけて、全国各地でインプラント治療に関する不祥事や深刻な事故が報道されました。それらに端を発するネガティブキャンペーンがマスコミ各社によって行われ始めたことから、患者そして国民の一部からインプラント治療に対する不信のまなざしが向けられるようになってきました。このような社会的背景の中、畠山執行部の決定により、2012年にJSAPDとして初めて、「インプラントの失敗に学ぶ」と題したインプラント治療をメインテーマにした公開セミナーを開催し、歯科医療サービスを提供する我々歯科医師の側に治療の実践や患者とのコミュニケーションといった面で反省、あるいはさらに留意すべき点がないか、謙虚かつ科学的な議論が行われました。その結果、なぜインプラント治療の失敗が起こるのか、そしてそれはどうすれば解決できるのか、について基本的な考察を行うことができました。この問題にはさまざまな要素が関与しており、近年その存在が大きな問題となってきたインプラント周囲炎への対応、経年的な審美性の低下傾向の問題、そして歯科医療提供者側と患者の知識のギャップ、すなわち情報の非対称性などが、臨床的な実際の失敗や患者側から見たときの相対的な失敗につながっていることが明らかにされました。そして、これらの問題に、まずはわれわれ歯科医療提供者側が真摯に向き合うことが、インプラント治療に対する不安や不信感を解消するための第一歩ではないか、との結論に至りました。このような考察にもとづき、翌2013年の公開セミナーでは、インプラント治療を含めた歯科治療の原点を見つめ直すことにしました。そして、「保存か?抜歯か?—従来補綴とインプラント補綴のボーダーゾーンを探る」というテーマのもと、そもそも補綴が必要となる原因である抜歯の基準について再考するとともに、欠損が生じた歯列において従来補綴ではなく、より大きな侵襲を伴う治療法であるインプラント補綴を選択することの正当な理由とはなにか、ということについての議論を深めました。われわれは、抜歯の基準について考えるにあたり、歯内療法学、歯周病学、補綴歯科学のそれぞれ異なっii

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