インプラント治療の根拠とその実践
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従来補綴では、前処置としての抜歯、歯周外科を除けば、必ずしも外科処置が必要となるわけではない。一方、インプラント治療では、外科処置は不可欠で、全身的なリスクは禁忌症となりうる。たとえば、コントロールされていない糖尿病や高血圧症、高脂血症、肥満などの「死の四重奏」とよばれる生活習慣病、さらに、喫煙とアルコール依存症を含む「死の六重奏」は注意が必要な相対的禁忌症となる。また、最近では患者の高齢化にともなう骨粗鬆症患者の増加、およびそれと比例しビスフォスフォネート製剤(以下BP製剤)服用患者も多く、術後の顎骨壊死が危惧される症例もある。さらにがん治療のために化学療法(抗がん剤)や放射線療法を受けている患者も少なくない。また、肝炎などの感染症患者が増加傾向にあることも報告されているが、一般的に急性感染症はインプラント治療の絶対的禁忌症である。その他、腎臓、または肝臓の異常機能、重篤な出血の危険性、HIVなどの重篤な免疫不全症、重篤な貧血症と気腫も、全身性疾患による禁忌症とされてきた4。さらに成長発育が完了していない若年者と妊娠中の女性では、インプラント治療の時期を遅らせるべきで、相対的禁忌症とされている5。インプラント治療と全身的状態の関係についてのリスク(絶対禁忌と相対禁忌)は必ずしもエビデンスによって確立されているわけではない。EBM信頼度3~4であるため、決定的な判定基準にはならないが、インプラント治療のリスク回避という観点からは、大切な配慮事項である(表2)。1. 糖尿病治療されていない糖尿病は、創傷治癒不全(免疫不全、微小循環機能不全症)が疑われ、インプラント治療、特に外科手術のリスクになるため、禁忌症である。ただし、インプラント治療に先立ち、医科的治療によりコントロールされている糖尿病(HbA1c<7%)に関しては、インプラントの失敗との相関は証明されていないため相対的禁忌症として扱われる6、7。従来の補綴では、歯周組織の健康維持が支台歯の保存と密接に関係するため、糖尿病のコントロールは前処置として必須である。治療されていない糖尿病症例は、従来補綴でも禁忌症である。2. 心臓病と循環器系疾患心筋梗塞の既往、うっ血性心不全、動脈硬化症、高血圧患者へのインプラント失敗率については研究報告数に乏しく、しかもインプラントの失敗との関連性は少ないことが指摘されている8。医科治療によりコントロールされていれば、相対的禁忌症として扱う。ただし、血液凝固抑制剤(バファリン®など)を常用している患者の場合は、インプラント外科手術後の止血が困難になるため、術前に担当医との相談と連携が不可欠である。従来補綴においては、医科でコントロールされていれば治療を進めるうえでの障害にはならない。3. 喫煙従来補綴における4大失敗原因の1つは、支台歯の歯周病罹患である。また、歯周病は喫煙の悪影響を受けることが判明している。したがって、補綴治療の予後においても、喫煙は合併症や失敗の危険要因であり、相対的禁忌症として扱う。歯周病患者で喫煙者のインプラントの喪失は、非喫煙者の2.6倍である9、10。最近の研究報告では、喫煙患者のインプラント治療は、失敗または術後の合併症の頻度が高いことが認められている。インプラント周囲炎の発症頻度は、喫煙者と非喫煙者で3.6~4.6倍異なることも報告されている。さらに、喫煙者で歯周病の既往を有する患者では、インプラントの失敗とインプラント周囲の骨喪失が惹起される頻度が高くなる11。したがって、インプラント治療においては、喫煙は相対的禁忌症として扱う。どちらの治療法を選ぶかは、喫煙症例で治療が失敗したときのリカバリーの有効性によっても左右される。すなわち、インプラントによる再治療よりも、残存歯の保存による従来補綴のほうが予知性が高く、有利と考えられる症例も多いことがわかっている。4. アルコール依存症重度のアルコール依存症は、創傷治癒の阻害と免疫機能の低下が疑われるため、外科手術をともなう治療は原則的に絶対的禁忌症である。したがって、インプラント治療は禁忌であり、従来補綴でも抜歯や歯周外科を併用する場合は注意を要する。ただし、依存症の全身的状態判定要素163

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