別冊 YEARBOOK 2015 治療計画プランBの歯科臨床
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7別冊the Quintessence 「YEARBOOK 2015」別冊the Quintessence 「YEARBOOK 2015」8765432112345678RL78抜歯 インプラント ゴールド前装冠 指定外:金属焼付ポーセレン65432112345678人となり企業に勤めており真面目タイプ.無口.既往歴これまで数回しか受診歴がない.しかも痛みが出た時だけの受診で,痛みが治まると治療中断というパターン.歯科への関心度口腔内の健康に対してまったく価値感をもっていない.食に対しても食べられる物を食べるというスタンス.もともと無口なこともあり,他人からは口腔内がみえにくいのだが,さすがに結婚してからは,歯を見せて笑えないことにストレスを感じ始めていた.治療に対する希望必要であれば多少の費用がかかっても仕方ないが,そこまで高額な治療はできない.そういった意味で,インプラントは避けたいが,絶対に義歯にはなりたくないという.焼き肉などの食事は諦めていたが,食べられるようになりたい.治療期間はかかっても仕方ないということであった.87643348 5 678抜歯.764334 5 67部にインプラント.大臼歯はすべてゴールドの前装冠で,その他は金属焼付ポーセレン.患者のバックグラウンド:治療計画立案のための考慮事項治療計画A・B・C智歯など抜歯インプラント埋入プロビジョナルによる咬合の確立最終補綴装着PLANA現症から考えるプランA治療計画 基本的にブラキサーであることから,補綴に十分な強度が必要だと考える.ここまでQuestionable teethに対して歯内療法や挺出などを行ってきたが,補綴の支台としての強度を考えた場合には不安が残る.ましてやブリッジの支台として単独では使えない.となると,できるだけQuestionable teethを残そうとするのであれば,欠損部はインプラントを用いたい.そうすることで,無理をして残した歯にとって負担軽減になるうえ,それらの歯が機能しなくなった場合でもその部分にインプラントを追加するだけで解決する.大臼歯部は審美性を求めて金属焼付ポーセレンにするよりは,チッピングなどのない金属での補綴を選択したい.PLANA 私はこう考えたプランAのベネフィットとリスクベネフィット・補綴設計の簡略化・補綴強度の向上・予後不安からの解放・予後不良時の対応の簡素化リスク・無理して残した歯の予後不安・治療費の高額化・インプラント外科治療80p077-088_TQYB15_tokunaga.indd 8014/12/04 13:31別冊the Quintessence 「YEARBOOK 2015」₅咬合崩壊にインプラントも義歯も用いず対処した長期経過症例8786543211234567RL7834外科的挺出 key & key way ブリッジ支台歯移植654321123456788は7へ移植(6部相当へ).インプラントは用いず.8ー5までのクロスアーチブリッジ.金属焼付ポーセレンは 5 5⑥5④3 45PLANC 私はこう考えた プランCといえるかどうかはわからないが,たとえば1~2本でもインプラントを使って劇的に何かが変化することがないか考えてみた.しかし,上顎右側大臼歯部にインプラントを埋入してもクロスアーチは避けられず,4部に植立してもほとんど意味がない.3部だと単独植立となり,ガイドの与え方が問題となる. 下顎においても同様で,5部や7に植立してもコストパフォーマンスが高いとはいえない.これらのことから,インプラントを用いずに治療費を抑えることを最重視した.PLANB患者の希望に即したプランB治療計画智歯など移植プロビジョナルによる咬合の確立最終補綴物による咬合調整最終補綴装着PLANC患者の希望に即したプランC治療計画を考えてはみたが…… プランAでは治療費が高額になることが問題となった.ブリッジは絶対に無理なのかと問われると,何も考えないなら無理ではないといえる.しかしながら,ブリッジで対応するにはどこまでを1つのユニットとするのかという設計が難しい.なぜなら,咬合の安定に重要な第一大臼歯や犬歯が失われており欠損部位が悪い.また,支台歯が外科的挺出歯や第三大臼歯でしかも失活歯であることから,その強度に不安が残る.これらのことを考慮してブリッジを設計するとクロスアーチとなり,平行性の問題,補綴精度の問題,支台に対する力の方向の問題など格段に難易度が上がってしまう. 具体的に説明すると,まず上顎右側から考えて,失活歯の8が最遠心支台,76欠損で失活歯5支台.これがワンユニットだとしても不安があるのに,その近心に4欠損があるので,3支台までをワンユニットにせざるを得ない.3は挺出歯で根は短く植立位置が遠心寄り.ここまでをワンユニットと考えても,とてもブラキシズムに耐えられるとは思えない.となると21までを取り込むことになる.まずはここまでが最小限のユニットとなり,右片側全部となる. 左側は3欠損であるが4が挺出歯で根が短いことと2もエンド治療の予後に不安があるため,最低でもユニットは1~5までとなる.もう少し予後の心配を押さえるならば6まで取り込むことも考えられる. ここで問題なのは正中を境に左右2ユニットになることの是非である.再治療のことなどを考えれば多くのユニットに分けておく方が有利であることはいうまでもないが,このように強度不足のロングブリッジを正中で分けた場合,正中離開を起こす可能性が高い.ましてやひどいブラキサーである.ここはどうしても正中で分けたくないところである.しかしながら,ここを繋げるとクロスアーチになって,前述のように非常に難易度が上がってしまうことになる. 次に下顎においては7の残根は抜歯しか方法がないので,ここだけは67インプラントとなるところであるが,幸い水平埋伏智歯があるため,自家歯牙移植を行いインプラントを回避することとした.短縮歯列にはなるが,できるだけ6に近い部位に移植して7とも咬合接触できると診断した.PLANB 私はこう考えたプランBのベネフィットとリスクベネフィット・治療費の低額化・インプラント外科不要・治療期間の短縮リスク・補綴強度低下・支台の負担増による歯根破折・それにともなう再治療・補綴の難度度が上がる81p077-088_TQYB15_tokunaga.indd 8114/12/04 13:31別冊the Quintessence 「YEARBOOK 2015」 患者はまだ若いサラリーマンで新婚であることから,治療費を抑えつつ,審美と機能を回復できる治療を求めた.10年間この状態で大きな再治療がなければ,10年後には収入も多くなっているはずなので,インプラントを含めた再治療も可能になるというのが彼の考え方であった. プランBの術前患者説明 インプラントを用いないことで,ロングスパンブリッジとなるが,咬合高径の決定や平行性の確認などのためにかなり長期間にわたってテンポラリークラウンとなる.その間,ポンティック接合部の破折やクラウンの破折,咬耗による咬合の低下など,起こりうることとその対処法について説明した. リスクが大きくならないために術者が考えたこと 暫間ブリッジでは,補強線を入れて接合部の破折に対抗したり,咬合高径低下に対しては大臼歯部にレジン前装した暫間メタルクラウンを使用したりした.クロスアーチブリッジにおける平行性をとる難易度を下げるとともに補綴精度を上げるため,そして永続性とリカバリー時の簡略化を考慮して,₃にKey&Keywayを配置した.ブリッジが一部脱離した場合のう蝕による抜歯を防止するために,数本に内冠を装着した.図1 ₃は残根ではあったが,根は十分に長くKey toothでもあるので外科的挺出による保存を行う.図2 術後2週の状態.歯根周囲の組織も安定している.図4 最終補綴の状態.₃₂間のハーフポンティックも₄のポンティックも違和感なく,審美的に仕上がっている.図3 なんとか最小限のフェルールが取れた.より自然に見えるよう,テンポラリークラウンで少しずつ歯肉を押しながらハーフポンティック形態に仕上げていく.プランのリスクアセスメント・補強線を入れて接合部の破折に対抗・Key&Keywayの配置・ 10年後患者の収入が増した際にはインプラントも視野に入れる点を患者も納得済み治療前の患者説明とその注意点プランB治療の実際患者はプランBを選択外科的挺出では,いかに歯根膜を傷つけずに抜歯するかが重要である.事前にジグリングフォースを与えるのも効果があるが,とにかく力を入れずていねいにゆっくりと行う.それでも傷ついた歯頸部は歯肉縁上に出してしまえば問題ない.歯根が飛び出さないように上から縫合するだけでなく,中に入ってしまわないように歯頸部で締めておくPOINT82p077-088_TQYB15_tokunaga.indd 8214/12/04 13:31別冊the Quintessence 「YEARBOOK 2015」図19 大臼歯の機能咬頭が咬耗により平坦化している.犬歯にも咬耗やチッピングがみられるが,未だディスクルージョンはできている.臼歯部には歯肉退縮による歯根露出とう蝕が出現.₇の根尖病変に悪化傾向がみられたので,歯根端切除で対応した(2014.2.28).心配していた₄に歯肉縁下う蝕ができてきた(2014.8.28).図20 ₅の根尖病変に悪化傾向が認められる.₄にクラウンマージンからのう蝕が認められる.₇歯根端切除部は不透過性が強くなり,治癒傾向にある.図21 現在も4か月に1度のリコールを続けているが,プラークコントロールは安定しない.術後11年プラーク動揺度欠POPOPO欠ポケット(出血点)344322222222222222322522222322223434434424422233332223344323334334部位8765432112345678ポケット(出血点)433322222222222222222222222222434333224323322222222222322223323444動揺度欠POMBImp欠欠プラーク 出血 排膿 出血+排膿 BOP12.9%根分岐部病変 ▲1度 ▲2度 ▲3度プローピング ~3mm 84.1% 4~6mm 15.9% 7mm~ 0.0%2014.8.28PCR 18.2%86p077-088_TQYB15_tokunaga.indd 8614/12/04 13:31別冊the Quintessence 「YEARBOOK 2015」₅咬合崩壊にインプラントも義歯も用いず対処した長期経過症例 術者の年齢やスキル,ポリシーなどによって,同じ患者でも治療計画や結果は大きく変わってくる.同様に患者の年齢や,歯や口の健康に対する考え方や経済的なバックグラウンドに大きく影響されるのも事実である.筆者は患者を自分の家族に置き換えて,もっとも適した治療法を選択するように心がけているので,もしも今この患者が来院したとしても,同じ治療計画を立てるような気がする.もちろん当時よりも経験を重ねた分,もっと短期間で終了できるだろうし,治療結果ももっとよいものになるはずである. 以前,先輩から「全顎ケースではなぜか7年前後で何かしら問題が起きてくる.7年以上何もなく経過させるのは至難の業だ」とうかがったことがある.実際,この歳になってくるとその言葉が身にしみる. まさしくこのケースでも6年目に歯根破折を起こし,リカバリーすることとなった.筆者は上顎に不安を感じていたのであるが,最初に悪くなったのが₅であった点は予想外であった.しかしながら,実は同部位はセット後1年でポストからの脱離,6年後にクラウンの破損が起こっていた.何かしらの力が継続的にかかっていたことが想像できるが,一方で相当気をつけて咬合調整をしていたのにという気持ちもある.おそらくブラキシズムは,診療室でみえる運動範囲を越えて行われているものなのであろうと考えている.まとめ術後11年時の考察 5を歯根破折でなくした以外は歯を失っていない.心配していたクロスアーチロングブリッジもここまでは予想されたリスクから回避できた.これは仮着セメントがウオッシュアウトしなくなるまで何度も咬合調整を繰り返してセットしたことと,ナイトガードによる力のコントロールができた結果であろう.外科的挺出により保存した3は非常に安定しているが,同じく外科的挺出した4が,ついに歯肉縁下う蝕となった.同様に大臼歯部も歯肉退縮にともない,歯頸部う蝕が起こり始めた.これらは大臼歯咬合面の咬耗や金属焼付ポーセレンクラウンのチッピング,5の歯根破折などの発現からみても,完全にはプラークコントロールや力のコントロールができていないことが原因だと考えられる.7の根尖病変は歯根端切除術で対応したが,4は近いうちに34部へのインプラントで対処する予定である.● 欠損イコールインプラントといった短絡的思考ではなく,患者の立場に立って最善の治療計画をみつけるまで考え抜くことが大事である● 全顎ケースにおいては,安定した顎位と適切なガイドの付与がもっとも重要である● 患者に適したメインテナンスの継続が大事である●ナイトガードは現状維持のため,ある程度の担保となるが完璧ではない● 信頼関係の構築とともに,口腔の健康に関する啓発も大事である本症例で学んだこと87p077-088_TQYB15_tokunaga.indd 8714/12/04 13:31別冊the Quintessence 「YEARBOOK 2015」参考文献1. 須田英明,戸田忠夫,中村洋(編集協力).the Quintessence別冊 現代の根管治療の診断科学.東京:クインテッセンス出版,1999.2. 山崎長郎,本多正明(編著).臨床歯周補綴.東京:第一歯科出版,1990.3. 山崎長郎,本多正明(編著).臨床歯周補綴Ⅱ マニュアル&クリニック.東京:第一歯科出版,1992.4. Lindhe J,岡本浩(監訳).Lindle 臨床歯周病学とインプラント─第3版,基礎編,臨床編.東京:クインテッセンス出版,1999.5. 佐藤貞雄.顎顔面のダイナミックスを考慮した不正咬合へのアプローチ.東京:東京臨床出版,1991.6. 田中秀樹,水上哲也,安東俊夫,徳永哲彦,竹田博文,泥谷高博,堤春比古,荒木秀文.歯医者さんを知ろう.東京:クインテッセンス出版,2006.7. 井上孝,下地勲,月星光博,花田晃治,毛利環(編),別冊the Quintessence 歯牙移植の臨床像.東京:クインテッセンス出版,1996.8. 白川正順(編).失敗しないための歯の移植・再植.日本医療文化センター,1988.9. 下川公一,斉藤秀喜.エンド・ペリオの臨床的診断力を探る,診断のためのX線現像,読影のあり方─その①.the Quintessence 1996;15(1):92‐101.10. 下川公一,末竹和彦.エンド・ペリオの臨床的診断力を探る,診断のためのX線現像,読影のあり方─その2.the Quintessence 1996;15(3):80‐91.11. 下川公一,吉田尚史.エンド・ペリオの臨床的診断力を探る,エンド治療における診断および手技①.the Quintessence 1996;15(5):72‐81.12. 下川公一,吉田尚史.エンド・ペリオの臨床的診断力を探る,エンド治療における診断および手技②.the Quintessence 1996;15(7):60‐71.13. 下川公一,石橋秀夫.エンド・ペリオの臨床的診断力を探る,エンド治療における診断および手技③.the Quintessence 1996;15(9):68‐80.14. 下川公一,山内厚.エンド・ペリオの臨床的診断力を探る,エンド由来の根分岐部病変.the Quintessence 1997;16(1):70‐86.15. 下川公一,守屋義雄.エンド・ペリオの臨床的診断力を探る,歯周外科を含めた全顎的治療.the Quintessence 1997;16(5):74‐88.16. 下川公一,林田勇歩.エンド・ペリオの臨床的診断力を探る,根分岐部病変におけるエンド・ペリオの診断.the Quintessence 1997;16(10):66‐85.17. 下川公一,上田珠湖.エンド・ペリオの臨床的診断力を探る,根尖の診断と治療法をめぐる4症例.the Quintessence 1998;17(7):82‐98.88p077-088_TQYB15_tokunaga.indd 8814/12/04 13:31さらに年数が経過.長期経過観察から生まれた考察.症例を通して何を学んだのか? 読者に伝えたいこと満載!この治療を行った根拠はこれらの参考文献から.患者が選択したプランは? そのリスク回避の考察なども示す.つづいて治療の実際をそのポイントとともに解説.※徳永論文をモデルに解説.論文によって書式は多少異なります.101112456患者のバックグラウンドを知ることは治療計画立案の第一歩.そのうえでどのようなプランA・B・Cを提案したのか?

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