考えるぺリオドンティクス
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008Part 1a.歯科医学は未成熟科学 学部学生時代に複数の教授から「歯科医師は科学者でなければならない」という話を何度となく聞きました.今,歯科医師になって臨床,研究および教育を主な仕事にしていますが,約30年経っても歯科医師と科学者あるいは科学する者という立場について思案します. 科学を信頼性のレベルに応じて第一種(占い,超能力,超科学)から第三種疑似科学(複雑系,地球環境問題,プリオン説,電磁波の影響)に分類した書籍によれば,医学および歯科学はいまだ第三種疑似科学で「未成熟科学」と定義されます1.歯周疾患は「口腔内の複数の細菌による感染によって発症・進行する多因子性の慢性炎症性疾患」と定義されます(図1-1)2. そこで本書ではわれわれ歯科医師が学問的根拠にしている歯科医学の科学性,歯周病学および歯周治療学から学ぶべき知識,知恵,治療概念および臨床現場での実践方法におけるヒントをまとめました.b.歯科臨床は経験と科学に基づく「術」である 「歯科医学は科学だから,誰が治療しても同じ結果が出ないといけない」と主張する先生がいますが,筆者は違うと思います.歯科医学(科学)と歯科治療(術)とは次元が異なります.歯周病学(科学)と歯周治療学(術)が異なる学問分野であるのと同じです.「術」は臨床経験や先人による試行錯誤の結果として構築されてきましたが,「術」を「科学」することが必ずしも上手く行われてきたわけではありません.「術」を軽視したのか,科学することが困難と考えたのかもしれません. 歯周治療学における「術」はいまだにクローズドされた世界で伝えられています.多くの歯科医師は,術の根拠(科学)である原著論文を読んでいないため,雑誌や講習会で得た知識と自己流の手技で臨床を行っており,しばしば誤ご謬びゅうが生じます. 「The practice of medicine is an art, based on sci-ence(医術は科学に基づいた治療技術である)」という概念を最も簡潔に,しかも正確に表現したのは,著名な内科医William Osler(1849-1919)でしょう.彼の「Medicine is a science of uncertainty and art of probability(医学は医療の不確実性を扱う〈科学〉であり,確率を扱うアート〈医術〉である:1892)」は名言で,現在でもそのまま通用します. 換言すれば「Science is to decrease uncertainty and art is to increase probability(科学は不確実性を減少させ,医術は治療の成功確率を高める)」とも言えるでしょう.歯科医学も医学と同様に科学の一分野であり,「ヒトを対象とする科学」であり「不確実性を扱う科学」と定義できます. 科学にはさまざま種類があり,臨床科学では,患者の多様性に加えて術者の「技術力(腕前)」の個人差も関わります.術者の治療レベルと患者の年齢およびリスク度が同程度であれば,同じような治療結果が得られるでしょう.「実験科学」の分野でも実験の上手い人と下手な人がいます.1つの実験に慣れるまで繰り返して実験すれば,同じような結果が得られるでしょうが,初めから安定した同じデータは出せないでしょう.実験にもArt(技)の部分があります.当たり前のことですが,歯科医療には「科学」と「術」の両方が必要です.No.1歯科医学と歯科臨床図1-1 歯周疾患は古典的な感染症と生活習慣病の両面を有する多因子性の慢性炎症性疾患で,かつ解決されていない難治性疾患と考えられる.また薬剤で劇的な治療が得られる疾患ではなく,再発する.梅毒結核らい病肺炎大腸菌O157ペストC型肝炎AIDS歯周疾患歯周疾患慢性炎症糖尿症高血圧症アレルギー癌感染症生活習慣病

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