考えるぺリオドンティクス
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009歯周治療実践のための暗黙知と形式知 本書では繰り返し「リスク」という言葉を使っています.本来「リスク」とは不確実であっても確率を計算できる場合に使われます. しかし,歯周病やインプラント周囲疾患の発症や進行の確率を計算することはまだ不可能です.本来「不確実性≠リスク」です.歯周炎の進行度,インプラント周囲炎の発症率,歯周治療の成功率を正確に計算できるわけではありませんが,多くの疫学研究から,統計学的な範囲(95%CI)が提示されています. 疫学は患者間の疾患罹患性や治癒能力のばらついた現象を丹念に観察して定量化を試みながら一般法則や理論を構築するための科学です.ただし,個々の症例について明確に定量できるほどは厳密な科学にはなっていません(表層科学).不確実性を扱う科学たる所ゆえん以と言えるでしょう.c.要素還元主義とEBM 19世紀の生理学者Bernardや細菌学者Kochら以降,医学は実験室における要素還元主義(個々を分析・理解し,その結果から全体を理解しようとする考え)的な思考に基づく「実験医学」によって発展しました.この流れは医学の影響を大きく受けた歯科医学研究でも同様です. 1990年代からEBM(Evidence-Based Medicine)が世界的な広がりをみせたのは,本来ヒトを対象とする医学や歯科医学において従来の要素還元主義的思考の限界に気づいた後の新たな動きと言えるでしょう. 筆者は歯周病のような多因子性の慢性炎症性疾患の病態解明は要素還元主義的方法では困難で,疾病全体を「複雑系」として捉えることが必要と考えています.ノーベル賞受賞者で心臓外科医であったAlexis Carrelは「医学は科学のなかでもっとも難しい『人間の科学』の確立を目指す学問である」と述べています.歯科医学も医学と同様に「人間の科学」である限り,複雑系の視点が必要です. 図1-2に示すとおり,19世紀以降,実験医学は右の方向,すなわち要素還元主義に従ってミクロの世界へ向かいました.現在は,細胞,分子および遺伝子レベルの研究が盛んに行われています.たとえば,iPS細胞の誕生により再生医療への応用が期待されています.もっとも医療はつねに安全性とコストの課題を抜きには考えられませんし,現在の歯周治療を凌駕するような治療の萌芽はまだみえてきません. 一方,20世紀の疫学は左の方向,すなわちヒトの方向へと研究対象が広がりました.とくに1990年頃以降EBMの広がりにともなって臨床研究が増えました.歯周病学やインプラント治療学においても,細菌学,病理学,細胞および分子生物学的手法を取り入れた基礎研究に加えてヒトを対象とした臨床研究が数多く発表されています2.d.日本の医学部と歯学部の100年問題 「日本の医学部100年問題」を指摘した津田敏秀氏は日本の医師を個人の臨床経験を重視する「直感派」,生物学的研究を重視する「メカニズム派」および臨床データの統図1-2 研究対象の広がりと発展(参考文献3より引用改変).20世紀後半、とくに1990年頃以降ヒト動物実験細胞実験細菌実験分子実験遺伝子実験

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