治る歯髄 治らない歯髄 歯髄保存の科学と臨床
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 読者の先生方は,タイトルに興味を持たれたか,たまたま目の前にあったからかもしれませんが,「歯髄をより多く救いたい」と思い,この本を手に取られたことと思います.しかし,この本に書いてあることをそのまま臨床で行っても,うまくいかないことがあるかもしれません.筆者も卒後間もない頃,講演会やセミナー,教科書や雑誌で学んだ内容を臨床で試してもうまくいかないことをたくさん経験してきました.おそらくその理由は,知識の解釈の違い,技術の違い,臨床環境の違いからくるものだろうと考えています.このようなギャップを少しでも減らしたいと願い,本書の使い方,見方について簡単に記載しました.少しでも,先生方のお役に立てることを願っています.1知識の解釈の違い われわれは難しそうな英語の論文に基づく記述があると,凄い情報で信頼できるものと思うかもしれません.しかし,英語だから,難しそうだからといって,必ずしも信頼できる情報とは限りません.情報には「信頼度」があります.われわれは日常の生活でいろいろな情報を集める際に,無意識に「その情報は正しいか」を吟味しながら,取捨選択をしていると思います.エビデンスという話になると,「科学的根拠に基づくものでなければならない」もしくは「論文なんて信用できない」と両極端になってしまうように感じます.実際には白黒明確に分かれるものではなく,論文の結果の信頼度は論文により異なり,白も黒もグレーもあります. この本では,科学的な情報を,どれくらいの信頼度なのかを示すようにしました.具体的には,臨床研究の研究デザインを明確にし,基礎研究や意見の場合は,それを明記するようにしました.臨床研究のデザインは,表1に示すように,疑問の種類に対して,もっとも適切な研究デザインというのがあります1(本当は,研究デザインだけでなく,より細かな吟味が必要ですが,あまりにも難しい話になってしまいますので,ここでは詳述を避けます).例えば,治療の有効性を知るためには,ランダム化比較試験のシステマティックレビューとメタアナリシスがもっとも信頼できる情報となります.ここまで読んで,「ああ,もうついていけない」となるかもしれませんが,まずは「情報の正しさにはレベルがある」そして「この本では,情報の正しさを反映するために,研究デザインを示している」とだけ頭の片隅に置いていただきたいと思います.興味がある方は,参考文献2などの,臨床疫学に関する書籍で勉強することを推奨します.2技術の違い 歯科治療は術者の技術の違いが決定的な要素になることを否定できません.投薬のみによる治療であれば,診断と治療方針がそのまま結果として出やすいでしょう.しかし,歯科治療は術者が手を動かしてはじめて,治療できる場合がほとんどです.治療方針と結果の間に「術者の技術」という要素が入り込み,結果に大きく影響を与えます. 技術の違いは,臨床経験や器用さという要素があるかもしれませんが,筆者は「マイクロスコープ使用の有無」がもっとも大きいと感じています(図1).筆者は,マイクロスコープを導入して10年以上になりますが,使えば使うほど,マイクロスコープの威力を感じます.もし,明日から,「マイクロスコープなしで治療しなさい」と言われたら,今の治療の質を維持できる自信がありません.この本の症例はすべてマイクロスコープを使用し,強拡大視野下で治療を行ったものです.まだ使用していない先生方には,マイクロスコープの導入を強く推奨したいと思います.3診療環境の違い 日本の国民皆保険制度は世界でもっとも評価されている素晴らしい制度ですが,歯科の一般臨床医の診療環境は診療報酬の低さやチェアタイムの短さが,治療の質に影響を及ぼしていると思われます.どんなに素晴らしい知識と技術があっても,それを発揮する時間が不足していれば,よい結果は得られないと思います.筆者の臨床では,直接覆髄,ステップワイズエキスカベーションでは30分以上のアポイントを2回,シールドレストレーションは30分以上のアポイントを1回で行っています.保険医にとっては一生ジレンマを抱えて仕事をしていくことになると思いますが,十分な診療時間を確保し,質の高い治療を行いたいものです.知識と技術,診療環境の違いを知るこの本の使い方004

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