治る歯髄 治らない歯髄 歯髄保存の科学と臨床
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 MTA(Mineral Trioxide Aggregate)の登場は,これまで歯髄保存の選択肢を考えていなかった術者を振り向かせた.MTAが本当に歯髄保存の可能性を高めるかどうかは別として,歯髄保存に再び注目を集めるのに大きな役割を果たした.また,マイクロスコープの登場は技術的なハードルを下げ,テクニックセンシティビティーの問題を解決したといえる.さらに,筆者の場合,露髄した歯髄の診断のためには,マイクロスコープが必要不可欠であり,診断の正確性を高めると感じている1,2.MTAやマイクロスコープの登場で,昔はできなかったことができるようになったといえる.今だからこそできる歯髄保存がある. 経験を積んだ術者ほど,失活歯の予後がよくないことを経験しているだろう.筆者はメインテナンスをベースとした歯科医院づくりに取り組み,10年以上経過した経験から,う蝕と歯周病は予防できるが,失活歯の歯根破折を防ぐのは難しいと感じている.当院における抜歯理由の第1位は今も昔も歯根破折である. Axelssonらによる長期メインテナンスの報告も同様である.彼らは,30年にも及ぶメインテナンスの結果を報告しており,定期的なメインテナンスがう蝕と歯周病を防ぎ,歯の予後を高める可能性を示している.その一方で,メインテナンス中の抜歯理由を見ると,う蝕が12歯,歯周病が9歯なのに対し,歯根破折が108歯と約10倍である3(図1). また,生活歯と失活歯の予後を比較したコホート研究によると,失活歯の喪失リスクは前歯部で1.8倍,臼歯部では7.4倍と驚くべき数字である4(図2).歯髄の有無で歯の硬さは変わらないというラボの報告もあるが5,臨床研究では失活歯のほうが予後が悪い.▼保存派の意見 露髄した歯髄を保存すべきかどうかは,昔から意見が分かれており,今もそれは変わらない.保存派の意見は,前述のとおり,生活歯のほうが歯の寿命(治療の成功ではない)が長いこと,治療の回数が少なく根管治療を行わなくてよいこと,患者の治療費の負担が少メインテナンス中の抜歯理由第1位は「歯根破折」歯根破折Root fractureエンド Endoペリオ Perio外傷 Traumaう蝕 Caries歯根吸収Root resorption10812128924根管治療を行った歯の喪失リスク経過観察期間:8年(平均6.7年)前歯部1.8倍7.4倍臼歯部図1 Axelssonらによる30年に及ぶメインテナンスの報告では,抜歯理由の1位が歯根破折となっている.筆者の臨床においても,メインテナンスを行うことでう蝕と歯周病による歯の喪失を防げるが,失活歯の歯根破折を防ぐことは非常に難しいと感じる.安易に根管治療を行わず,歯髄の保存を考慮することが重要である.(文献3をもとに作成)図2 根管治療の有無で歯の予後を調査した報告によると,根管治療を行った歯は,根管治療を行っていない歯に比較し,歯の喪失リスクが前歯部で1.8倍,臼歯部で7.4倍と報告されており,驚くべき数字である.筆者の臨床感覚も同様であり,歯の寿命という観点から考えると,いかに歯髄の保存が重要かがわかる.ちなみに,このCaplanらの報告は,後向きコホート研究と呼ばれる研究デザインであるが,時間軸は前向きであるため,予後を見るのに適している.後向きコホート研究ではなく,過去起点コホート研究という呼び方もある.(文献4をもとに作成)露髄した歯髄,保存派vs.抜髄派,それぞれの意見(図3)歯髄の有無は歯の予後を大きく変える近年の技術革新が歯髄保存に再び光を当てた008

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