治る歯髄 治らない歯髄 歯髄保存の科学と臨床
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▼治療のゴール 治療のゴールは術者それぞれで異なるかもしれない.痛みを生じないこと,痛みをなくすことは最低限のゴールであり,病気が治り,歯は10年以上,できれば一生失うことがなければ理想的なゴールである. 近年では正しい知識やマイクロスコープの普及により,根管治療が高いクオリティで行われるようになってきた.しかし,質の高い根管治療は必ずしも歯の予後をよくするとは限らない.たとえば,Ni-Ti製ロータリーファイルは根管に微細なクラックを発生させることがわかっており7~10,将来,歯根破折を起こすリスクが上がる.また,根尖病変は最終ファイルのサイズを大きくするほど治癒することがわかっているが11,ファイルのサイズを上げたり,超音波で丁寧に感染除去したりするほど,歯質の削除量が増え,将来の歯根破折のリスクが上がる.いったん歯根破折が生じると,そのほとんどは抜歯,そしてブリッジやインプラント,義歯といった治療が必要になり,患者の負担が大きくなる.質の高い根管治療は必要不可欠な治療であるが,根管治療の前に,成功率の高い歯髄保存療法を行ないことを理由にしている. とくに根管治療を行わなくてよいことは,術者・患者ともにメリットが大きい.歯髄が保存できれば,最終修復までの治療回数は2~3回であり,費用の負担も少ない.その一方,根管治療が行われる場合,最終修復までの治療の回数は4~5回かかる.本邦では,国民健康保険制度があるため,患者の負担が少ないことがメリットだが,医院の根管治療にかかるコストは非常に大きい.▼抜髄派の意見 露髄した歯髄を保存しないもっとも大きな理由は,歯髄保存を試みたものの成功率が低かったり,失敗した際の強い痛みの問題で患者との信頼関係を失ったり等の苦い経験があるからかもしれない.また,大きな露髄=予後が悪い,全部性歯髄炎=抜髄という誤った知識から,抜髄を選択するかもしれない. 歯内療法の権威の間でも意見が分かれており,抜髄派の意見は,可逆性歯髄炎と不可逆性歯髄炎の鑑別診断が難しいこと(診断の不確実さ),直接覆髄の成功率にばらつきがあること(治療結果の不確実さ),直接覆髄後,長期的に歯髄が石灰化し,後に根管治療が必要な時に根管を見つけるのが難しいこと(石灰化根管のマネジメントの問題)を挙げている6.▼筆者の考え 抜髄派か保存派かは術者の知識と技術により,大きく変わる.もし,直接覆髄の成功率が30%の術者であれば,抜髄を選択せざるを得ないかもしれないが,筆者の臨床では診断や治療結果の不確実さに問題を感じたことはなく,高い成功率で歯髄を保存できる.万が一,石灰化が生じた歯髄に根管治療が必要になったとしてもマイクロスコープを用いれば根管治療が可能である.よって,筆者は保存派である. また,患者への説明が非常に重要である.たとえ直接覆髄の成功率が99%だとしても1%は失敗するため,失敗した患者は強い痛みを経験する可能性がある.術前に歯髄保存の利点,欠点,成功率(術者のデータや経験に基づく),失敗した場合の対応について十分に説明しておく必要がある.患者が治療の利点・欠点を十分に理解したうえで,患者の希望で治療を選択する.図3 露髄した歯髄への対応は,今でも意見が分かれているが,筆者の臨床では抜髄派が懸念する理由で歯髄保存を避けることはない.正しい知識と技術があれば,十分に対応可能である.露髄した歯髄、保存派vs.抜髄派、それぞれの意見抜髄派診断の不確実さ成功率の問題根管の石灰化筆者の臨床正しい診査・診断(2章)に詳細正しい知識と技術(4章)に詳細マイクロスコープの応用保存派有髄歯の予後のよさ少ない治療回数と費用患者QOLの向上vs.治療のゴールは患者QOLの向上である(図4)009なぜ今,歯髄保存なのか?序 章

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