治る歯髄 治らない歯髄 歯髄保存の科学と臨床
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 歯髄に近接したう蝕の除去中に,露髄する場合がある.そのとき,多くの歯科医師はあまりよい感情を持たないのではないだろうか.筆者も昔はそうであったが,現在はまったく焦ることはない.露髄した歯の予後が悪いとも思わないし,露髄したほうが歯髄の状態を視診できるため,確信をもって治療を行うことができる場合があると感じる. これは,歯髄がどのように治るか(治癒),治る歯髄をどのように見分けるか(診断),そして治癒に導くにはどのようにすればよいか(治療)を学んだからである.露髄した歯髄の予後を決める要素には,臨床症状の有無や既往,露髄の大きさや止血の可否,炎症の程度,細菌感染の有無,歯髄のバイタリティ,マイクロリーケージの有無,覆髄材の種類,術者の技術等,数多くの候補があるが,それらをチェックリストのような形で用いてもあまり意味がない.なぜならこれらの要素には本当の原因以外のもの(交絡因子)が混じっているからである. 結論から言うと,歯髄の治癒は「感染」と「歯髄のバイタリティ」により決まる.さらに,保存可能な歯髄は「マイクロリーケージの有無」によって,長期予後が決まる.▼基礎研究から 歯髄を保存できるか否かにもっとも大きな影響を及ぼすのが感染である.Kakehashiらの研究はこれを端的に示している1.彼らは,通常の環境と無菌状態で飼育されているラットの歯を露髄させ,何も貼薬せずに経過を比較したところ,通常飼育のラットでは歯髄壊死が起きたのに対し,無菌状態のラットでは歯髄の治癒が得られ,デンティンブリッジの形成も認められたと報告している(図2).つまり,露髄や貼薬材の有無が歯髄壊死を起こすのではなく,感染の有無が歯髄の治癒を決めることがわかる.▼外傷歯の臨床研究から 次に,外傷歯の歯髄の治癒について考察する.なぜなら,露髄をともなう歯冠破折(以下,複雑歯冠破折)は,急性の非感染性の露髄であるため,感染という要素を除いた場合の歯髄の治癒を学ぶことができるからである.複雑歯冠破折の予後を見ると,その成功率は約95%であり,ほとんどの歯髄を保存できることがわかる2(図3d).筆者の臨床でも,複雑歯冠破折で歯髄壊死が生じることはほとんどなく,非常に予後がよい(図4).つまり,露髄そのものが歯髄壊死を引き起こす原因ではなく,非感染性の露髄は予後がよいことがわかる(図5).▼う蝕による露髄の臨床研究から う蝕による露髄の臨床研究としては,非常にクラシカルな研究であるが,1958年にNyborgが術前の歯髄炎症状の違いにより,直接覆髄の予後が変わることを報告している3(表1).炎症は感染に対する生体の反応の結果であり,感染そのものを表しているわけではないが,臨床症状があるほうが歯髄に感染がある確率が高い.つまり,同じう蝕による露髄でも,感染の有無により予後が変わるといえる.図6,7に,術前の歯髄炎症状の違いにより,異なる転帰を辿った症例を示す. これらのことから,「感染の程度」が露髄した歯髄の予後を決める大きな要素であり,術前に歯髄炎の程度をできる限り正確に診査することが重要であるとわかる.図1 治療の術式や材料はいろいろあるが,目指すゴールは同じである.歯髄の治癒は「感染と歯髄のバイタリティのバランス」で決まり,長期予後は「マイクロリーケージの有無」で決まる.ゴールがわかれば,いろいろなことに役立つ.感染の有無が歯髄の治癒を決めるなぜ,歯髄保存に失敗するのか?病気洗浄水酸化カルシウムMTAマイクロスコープ歯頸部断髄部分断髄止血STARTGOAL治癒016

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