トラブル事例に学ぶ歯科訪問診療
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千葉地裁・平成22年1月29日判決 【千葉地裁・平成22年1月29日判決、判例秘書登載】は、誤嚥性肺炎を発症し意識障害のあった男性入院患者に対し、看護師2名が注水方式の口腔のケアを実施したところ、水または唾液が誤嚥され、急激にサチュレーションが落ち、ただちに蘇生措置が行われたが死亡した事故についてのもの。サチュレーションモニターが設置されていたが、その表示部分はタオルに隠れたままで、患者がむせて咳込んだり苦しそうな様子を見せても、さらにチアノーゼが明らかになった後もモニターを確認せず、注水によるケアを継続させた看護師らに過失があるとし、死亡との因果関係を認めて損害賠償責任を認めた。さいたま地裁・平成23年2月4日判決 【さいたま地裁・平成23年2月4日判決、判例秘書登載】は、特別養護老人ホームに入所していた77歳の女性(認知症)が、日ごろから紙オムツ等の食物以外のものを口に入れる異食癖があり、窒息により死亡した事故についてのもの。それまでも多数回にわたる異食と誤嚥を繰り返しており、施設は介護服を着用させ異食事故を防止していた。当日は、他の利用者の感染のため個室で過ごしていたところ、女性は使用していた紙オムツの中の尿取りパッドを介護服のファスナーを破って口に入れて誤嚥し、窒息により死亡。この事故について、紙オムツを使用したこと自体には安全配慮義務違反はないが、介護服については、ファスナーに不具合があるか、生地の劣化や介護服の使用方法が不適切であった蓋然性が高いとして、損害賠償責任を認めた。大阪地裁・平成27年9月17日判決 【大阪地裁・平成27年9月17日判決、判例時報2293号95頁】は、介護支援業者と指定訪問介護契約を締結した66歳の女性(統合失調症等で要介護度4)が、夕食摂食中に誤嚥を起こし窒息で死亡した事故についてのもの。女性についてのサービス実施記録には、誤嚥されそうで心配との記述がなされていたが、立案された介護計画には夕食の介護はなく、また、介護支援業者との契約は訪問介護契約であり、夕食の時間帯はサービス提供の時間帯ではないこと、また、女性に誤嚥に差し迫った危険があったともいえないことから、介護支援業者に女性の夕食時の誤嚥を防止する法的義務はなかったとして、損害賠償責任を否定した。判例に学ぶ歯科訪問診療時の医療安全❶――誤嚥 誤嚥は診療室での治療でも発生する事故類型ですが、患者さんが高齢者や病弱者であり、意識や感覚が低下していると誤嚥時の違和感の訴えが弱くなります。また、嚥下機能が落ちていると誤嚥が生じやすくなります。この意味で、歯科訪問診療の対象患者さんは誤嚥の発症契機を少なからず有していると言えますし、ことに高齢者や病弱者が誤嚥性肺炎を発症すると重篤な結果になることが知られています。 嚥下障害のある場合の口腔内のケアは、誤嚥性肺炎を予防し、舌の運動や咀嚼運動を促すものとされ、また、意識障害のため経口摂取ができない場合、口腔内に適度な刺激を与え、歯肉の廃用萎縮を防止するとされています。他方、誤嚥を避けるための患者さんの体位に注意することも必要とされます。千葉地裁判決は、看護師が注水方式の口腔のケアを選択したのは合理的としましたが、患者さんが異変を示したにも関わらず、モニターを確認せず、漫然とケアを続けたことの責任が問われたものです。 また、さいたま地裁判決は施設の責任を認め、大阪地裁判決は業者の責任を否定しました。これは被介護者に対して負担する安全配慮義務の内容や誤嚥の危険性の程度が異なることで結論を異にしたと考えられます。最初の千葉地裁判決を含めて言えるのは、対象となる患者さんについて誤嚥が生じる危険性があることを認識し、事前の防止策を徹底して行うこと、また、施術中に患者さんの異常や異変がないかを、その表情だけでなく、サチュレーションをモニターでチェックし、患者さんの状態や安全を確認する必要があるということです。弁護士からのアドバイス89PART3 歯科訪問診療において知っておきたい法的責任

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