季節の中の診療室にて
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季節の中の診療室にて瀬戸内海に面したむし歯の少ない町の歯科医師の日常112坂道 長崎を訪れる時には、博多駅からJR長崎本線を利用する。駅々を通過するにつれて列車の車窓からの風景は、都会の街並みから田畑がタイルのように並ぶ美しい田園風景に変わっていく。肥前鹿島駅を過ぎるとやがて有明海が顔を出し、丘陵が海岸線に迫る入江や湾の向こうに雄大な雲仙岳が見え始める。その海岸線を揺られながら、ひとしきり空と海、干潟が描き出す独特の景色に心を奪われていると諫早駅に到着する。そして、長いトンネルを抜けると長崎の街が顔を出す。 1981年春、私は長崎で大学生活を送ることになった。あれから時が流れ、長崎の景観は当時とは随分違ってきたが、港を取り囲む斜面に小さな建物が広がる町のフォルムは同じである。大学に通い始めた最初のひと月程は、路面電車から山の斜面を見上げ、あの家々は本当に転げ落ちないものかと考えた。今でも列車がトンネルを抜けた直後に窓から長崎の風景を見上げると、そのことを思い出す。 最初に住んだ下宿は、坂道と階段が交互に続く斜面の先にある学生用のアパー

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