季節の中の診療室にて
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113坂道……………………トだった。長崎暮らしの初日、実家から送った荷物の到着を待っていると大家さんに呼ばれた。玄関先で運送会社の配達員からだと受話器を受け取り、耳を押し当て懸命に聞きとろうとするが、早口で話す長崎弁の言葉が理解できない。大家さんに通訳を頼むと、「近くまで来てはいるが、下宿の位置がわからない」といっているらしい。大家さんが軽やかな長崎弁で、下宿の住所を説明する傍で、私は苦笑いを浮かべていた。 坂道の上に住んでみるといくつかの発見があった。夜景は確かに美しい。そして確実に心肺機能や脚力が強化される。忘れ物でもしようものなら時間を気にしながら、坂道と階段を駆け上がる。買い物や酒を飲みに行った後の高揚した気分の時でも、最後はただ自分の呼吸音を聞きながら黙々と足を運ぶしかない。徐々に体力がついていくのがわかった。 坂道を上り下りしながら、いつも細い坂道や階段の先の家を建てるのに、どうやって資材を運んだのだろうかと不思議に思っていた。長崎での生活も慣れ始めたある日、居酒屋で友人と酒を飲みながらそのことを話題にすると、突然隣の客が「兄ちゃん、馬が運ぶとよ」といって、上りに強い馬と下りに強い馬がいるな

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