ザ・クインテッセンス2021年8月号
7/9

はじめに 患者は,痛くない麻酔,痛くない治療をしてくれるかどうかで歯科医師を選ぶ1,2.上手な局所麻酔は,歯科医師にとっては歯科治療を容易にし,患者にとっては不安を解消できる鍵となる技術である. 歯科治療でもっとも多く使用される浸潤麻酔は,麻酔範囲が注射部位周囲の狭い範囲に限られ,持続時間が1時間程度と短いものの,口腔内のほとんどの軟組織,硬組織への痛みをともなう治療に利用できる.しかし,下顎臼歯部の抜歯や抜髄での浸潤麻酔は効きにくい. 下顎臼歯部では,根尖付近の皮質骨の厚さは前歯部に比べて,歯槽縁付近で約3倍(約2mm),根尖付近で約2倍(約2.8mm,厚い場合は約5mm)ときわめて厚く,さらに,大臼歯の根尖の位置は,第一大臼歯では頬側壁から約4mm,第二,第三大臼歯では8〜9mmと離れており,皮質骨の小孔もごく少ない3(図1).これらの解剖学的理由から,下顎臼歯部では,局所麻酔薬を皮質骨の外から根尖周囲まで浸透させることが難しい. 浸潤麻酔の効きにくい下顎臼歯部の歯科治療には,下顎骨と歯の知覚を司る下歯槽神経の神経束に局所麻酔薬を直接作用させる伝達麻酔が有効である.下顎孔伝達麻酔法に代表される下歯槽神経伝達麻酔では,注射部位より末梢の分枝を含む広い領域で3〜4時間の麻酔を得ることができる.下歯槽神経伝達麻酔は,とくに多数歯にわたる歯科治療や,浸潤麻酔の奏効しにくい臼歯部の抜歯や保存処置,補綴処置,またインプラント手術や歯周外科手術,また長時間を要する外科手術での有用性が高い.しかし,開業歯科医への局所麻酔に関する調査4によると,日常的に下歯槽神経伝達麻酔(下顎孔伝達麻酔法)を使用している歯科医師は半数に満たない. 本稿では,下歯槽神経伝達麻酔として広く利用されている下顎孔伝達麻酔法の有するメリット・デメリットを述べるとともに,1997年に筆者が安全な下歯槽神経伝達麻酔法として本誌に紹介した近位伝達麻酔法5についての新たな知見とともに,麻酔を効かせるためのポイントについて紹介する.なお,各高杉嘉弘Yoshihiro Takasugiキーワード:下歯槽神経伝達麻酔,近位伝達麻酔法,下顎孔伝達麻酔法,合併症日本歯科大学生命歯学部歯科麻酔学講座連絡先:〒102‐8159 東京都千代田区富士見1‐9‐20安全な下歯槽神経伝達麻酔・近位伝達麻酔法のすすめ新たな知見と麻酔を奏効させるための ポイントAnterior Technique for Inferior Alveolar Nerve Block in Avoiding Neural and Vascular Complications: Latest Insights and Tips for Achieving Anesthesia下顎神経舌神経頬神経下歯槽神経(オトガイ神経)Movieスマホで動画が見られる!(使い方:P7参照)P163,167,169,170,171162the Quintessence. Vol.40 No.8/2021—2044

元のページ  ../index.html#7

このブックを見る