新聞クイント2015年4月
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2015年4月10日(金) 第232号11被災地の歯科医療再生のために大学を退職し石巻市雄勝町へ 石巻市雄勝町は、宮城県北東部の太平洋に面する町で仙台から車で約2時間、石巻市内から車で1時間程度の位置にある。町の面積の80%以上を山林が占め、雄勝半島は南三陸金華山国定公園に指定されている(図1)。 2011年3月11日、雄勝町では最大21mを超える津波の被害を受けた。震災前の人口は約4,300名、そのうち約3,000名が津波によって被災し家屋が流出した。中心市街地には約630世帯が住んでいたが、約590世帯の家屋が全壊流出し、町全体で死者行方不明者は236名にのぼった。 雄勝町には一般歯科医院と石巻市立雄勝病院の2ヶ所の歯科医療機関があった。歯科医院に関しては、雄勝町での再建は難しく、現在は石巻中心部で再開されている。雄勝病院に関しては、雄勝湾の岸壁より30mも離れていない低地にあったことで、3階建て約15mある建物は屋上まで津波に飲み込まれた。当時病院にいた70名のうち、入院患者40名、病院関係者24名の計64名が死亡・行方不明となり、その中には歯科医師と歯科助手も含まれていた(図2)。 震災当時、私は松本歯科大学障害者歯科学講座(長野県)に勤務していた。1,000年に一度といわれる大災害時に生を受け、また歯科医師として、何かの役に立ちたいと思いながら震災直後から歯科支援活動に参加したものの、継続した支援に対する思いは日々強くなる一方であったため、2012年3月に松本歯科大学を退職、2012年4月1日より宮城県石巻市の行政歯科医師として赴任した。同年6月には、雄勝町で喪失した歯科医療機能を再生するために石巻市雄勝歯科診療所が開設され、所長として勤務することになった(図3)。報道されない被災地の現状ストレスによるアルコール問題 震災から3年間雄勝町を見ているなか、津波被害を受けた場所は着々と復旧・復興が進んでいると感じる。壁のようにそびえ立っていた瓦礫も整理され、所々に家の基礎は残されたまま一面野原のような状況となっている。 復興の進捗状況は、現地と外部の人たちとでは捉え方に差はあると思われるが、多くの被災者は現在でもなお狭い仮設住宅などでの生活を余儀なくされている。生活再建の不安、長期間の仮設住宅暮らしのためのストレスを訴える者も多くいる。宮城県が仮設住宅の住民に対して実施したアンケート結果によると、不眠症の割合が年々増加しており、それにともない「体調不良」と回答する割合も増加している。さらにメディアで取り上げられることは少ないが、被災地の現状で深刻な問題として多量の飲酒がある。2014年の調査結果では、週4日以上の多量飲酒がある人の割合は7.4%となっている。全体的に男性の割合が高く、60歳代男性が22.2%、50歳代男性が21.5%となっている。アルコールが引き金となって家族へのドメスティックバイオレンス(以下、DV)なども後を絶たない。 雄勝町の場合、津波により企業が被災し雇用の場が失われ、保育所がなくなり、小・中学校は5校中3校がなくなるなどの理由から離れざるを得ない状況がある。現在の雄勝町は住民基本台帳に基づく人口は約1,300名といわれているが、実際に生活している人は1,000名以下ではないかといわれている。そのうちの多くが高齢者であり、雄勝町は高齢化率50%を超える限界集落である。 漁師町である雄勝町は、「自分の体は自分がいちばんわかっている」という患者さんが多く、病院に1度も行ったことがない患者さんが歯科診療所を受診される。そのため、65歳以上の高齢者や有病者には初診時にモニター心電図を装着して全身状態をある程度把握し、緊急時に備えている。さらに持病により通院が困難な患者さんに対しては訪問歯科診療を行っている(図4)。 また、加齢や脳血管疾患の後遺症などにともなう嚥下障害の患者さんも多く受診される。当診療所は嚥下内視鏡検査(VE)を行っているが、嚥下造影検査(VF)を必要とする患者さんに対しては女川地域医療センターと連携して診断を行っている。介護ストレス軽減と情報交換の場注目集める「男の介護教室」 雄勝町のように高齢化が進む地域では、介護が大きな問題となっている。とくに男性の介護者である。現在、日本全体で約3割が男性介護者として妻や両親などの介護にあたっているといわれている。 食事に関しては、1日3度の食事作りから食事介助まで多くの時間と負担を強いられるが、家事や育児の経験が少ない男性はそれらがストレスとなる。さらに男性は、他人に相談できずストレスを自分自身で抱え込んでしまう傾向があり、それにより要介護者へのDVや殺人を起こしてしまうこともある。実際に2015年2月7日には札幌でも認知症の妻の介護に疲れたことを理由に殺害し、自殺を図った痛ましい事件は記憶に新しい。 そのような背景から、介護ストレスの軽減と、同じ境遇にある男性同士が集まる機会をつくりたいと思い、2014年1月より雄勝町を含む石巻市内2ヶ所で「男の介護教室」をスタートした。第1回は「食べること」のテーマで、仮設住宅や自宅で実際に介護している男性が参加した。男性介護者には、嚥下障害の擬似体験を含めた摂食・嚥下のメカニズムについて私が説明し、管理栄養士からは介護食を作るにあたっての栄養バランス、摂取カロリーを簡単に上げる方法などの講義を行い、最後に参加者全員で調理実習と試食を行った(図5)。 第2回は「熱中症対策」、第3回は「口腔ケア」と「褥瘡対策」、第4回は「パッククッキング」、第5回は「窒息予防と救急救命」とさまざまなテーマを設定し、歯科医師や歯科衛生士をはじめ、ケアマネジャー、医師、看護師、管理栄養士、ST(言語聴覚士)から救急救命士まで、多職種と連携して活動している(図6)。今年もさらに規模を拡大し開催する予定である。被災地は日本の近未来の縮図未来へ語り継ぐべき教科書 被災地では、若い世代の人口流出は避けられず、高齢化は加速する一方である。私たちは、その現実をただ受け止めるだけではなく、問題点や解決策を見つけなければならない。そのためには、地域の包括的な支援・サービス提供体制を構築するために多職種と連携し、そこに暮らす住民が少しでも生活しやすいような環境づくりを目指す必要がある。 私は、被災地の現状が超高齢社会を迎えた日本の近未来の縮図だと考えている。被災地を過去に災害があった地として終わらせるのではなく、未来へ語り継がなければならない貴重な教科書(教訓)として、震災から5年目を迎えた被災地をこれからもしっかり見ていきたいと思う。 また、震災を風化させないためにも、少しでも多くの皆様に被災地に足を運んでいただければ幸いである。図5 ご好評いただいている「男の介護教室」。図6 「男の介護教室」参加者。写真中央が筆者。図2 計64名が死亡・行方不明となった石巻市立雄勝病院。図3 石巻市立雄勝歯科診療所。敷地内に医科診療所がある。図1 仙台市から車で約2時間の距離にある石巻市雄勝町。仙台市雄勝町東日本大震災4年を迎えた今、地域医療の立場から復興を考える寄稿河瀬聡一朗(石巻市雄勝歯科診療所所長)2003年、松本歯科大学卒業。2005年、同大学障害者歯科学講座助手。2008年、愛知県蒲郡市障がい者歯科センター指導医。2010年、松本歯科大学大学院修了(歯学博士)。2012年、同大学障害者歯科学講座講師。2012年より現職。図4 通院困難な患者さんへの訪問歯科診療。

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