デンタルアドクロニクル 2016
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8巻頭特集1-2 健康寿命延伸のための歯科医療を考える2016Dr. Takeshi Kikutani菊谷 武(きくたに・たけし)1988年、日本歯科大学歯学部卒業.同年、日本歯科大学歯学部附属病院高齢者歯科診療科入局。2000年、同病院口腔介護・リハビリテーションセンターセンター長。2010年4月、日本歯科大学附属病院教授。同年6月,大学院生命歯学研究科臨床口腔機能学教授。2011年,東京医科大学兼任教授。2012年,日本歯科大学口腔リハビリテーション多摩クリニック院長。日本老年歯科医学会理事、評議員。日本摂食・嚥下リハビリテーション学会理事、評議員。日本障害者歯科学会評議員。健康寿命の延伸における歯科の役割 最近、口腔と全身の健康との関連がさまざまに調べられています。口腔衛生状態を良好に保つこと、つまり口腔のケアは、う蝕や歯周病などの歯科疾患の予防だけでなく、肺炎の予防にもつながり、健康寿命を延ばすうえでカギとなるものといえます。また、咀嚼機能を維持することは、栄養を偏りなく摂取できることにつながり、これは健康的な食生活を支え、健康長寿に大きく寄与すると考えられます。実際に多くの研究で、咀嚼機能の維持に欠かせないと考えられている咬合支持の存在や、現在歯数の維持が、栄養摂取の適正化や栄養状態の維持、生命予後の改善に寄与することが報告されています。 そのため、歯科疾患の予防によって現在歯数を増加させることが、高齢者が健康な生活を送るための目標にもなっています。最近ではその成果もあがり、高齢になっても多くの歯を有する人が増えてきました。一方、咀嚼機能は咬合支持の存在や現在歯数だけでなく、口腔の運動機能からも影響を受けます。舌の運動機能をはじめ口腔機能は加齢により低下します。加えて、脳血管疾患の後遺症や神経変性疾患等によっても口腔機能は障害されます。つまり、口が動かないことによる咀嚼機能の低下や咀嚼障害が高齢になると顕在化してくるということです。これらに対しても、しっかり対応することが歯科には求められます。咀嚼に必要な運動は、舌や口唇などの力強く、巧みな動きといってよいと思います。口腔全体を咀嚼器官としてとらえるアプローチが必要なのです。 咀嚼機能の維持された「しっかり食べる」ことができる高齢者は、最近よく耳にするフレイル(要介護状態の前段状態)に陥ることが予防できることもわかってきました。咀嚼機能が維持できていると、しっかり栄養が摂れることや、食べることに自信があるために活動性が高まることなどが期待されます。咀嚼機能の維持は、健康寿命の延伸に役立つという公式です。元気な人だけを支える歯科医療でいいのか? 健康寿命を延伸させ平均寿命に近づける、つまり日常生活に制限があり支援や介護を必要とする不健康な期間を少しでも短くするための取り組みが、現在、国をあげて行われています。理想は健康寿命と平均寿命がイコールになること、いわゆる“ピンピンコロリ”ですね。誰もがそうなりたいと願っているでしょう。しかし、最期までADL(日常生活動作:通常の日常生活に必要な基本的な活動)を保って“ピンピンコロリ”で死ねる人というのは、実際は多くはありません。だいたい、1割程度でしょうか。そして、2割の人は60代、70代でがんや脳卒中などで寝たきりに、残りの7割は75歳を超えた辺りから寝たきりとまではいかなくてもADLを落としていきます。つまり、ほとんどの人は程度の差こそあれ、『不健康な期間』を生きなくてはいけないのです。 先に述べたとおり、歯科が健康寿命の延伸に寄与できることはたくさんあります。それは素晴らしいことですし、重要なことです。しかし、それだけでいいのでしょうか? 健康な人がその状態をキープするのを支えるのも歯科医療なら、ADLや健康状態が落ちてきた人、そしてすでに落ちてしまった人を支えるのも歯科医療であると私は思います。ですが残念なことに、その部分についてはまだまだ足りていないのが現状です。 たとえば、こんな話があります。『訪問診療に行かない理由』を尋ねると健康寿命だけでなく、“不健康寿命”も支える歯科医療から見た“健康寿命延伸”

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