デンタルアドクロニクル 2018
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超高齢社会の“歯科訪問診療”を考える 2018  巻頭特集19た。病気をされて入院し、その後自宅での介護となった患者さんなのですが、しばらくして生活も落ち着いたので義歯を作ってほしいという依頼があったのです。病気をする前に使っていた義歯があるはずなのに見当たらなくなってしまったということでしたので、まずは口の中を拝見しました。するとそこには、なんとなくなったはずの義歯があったのです。 病気をされてから私が伺うまでの5年間、その義歯はずっと患者さんの口の中にあったということになります。医師、看護師、ケアワーカー、さまざまな職種が患者さんにかかわってきたでしょうに5年間誰も口の中を見てこなかったのです。もちろん、ご家族もです。患者さんは、必要なケアは提供されている状態でした。にもかかわらず、口の中は放置されていた。我われが日常的に行っている“口の中を見る(診る)”という行為は、それだけ他の職種やご家族にはハードルが高いのです。 私は、まず義歯を外して口腔ケアをしっかり行い、口腔内の環境を整備した後、通法に従って義歯を製作しました。それで患者さんは問題なく食事が取れるようになりましたし、頻発していた原因不明の発熱もなくなりました。 また、こんな患者さんもいました。つい2週間ほど前までは問題なく使えていた義歯が急に上下とも合わなくなり、まったく食事ができなくなったという認知症の患者さんです。ご自宅に伺ってみると原因はすぐにわかりました。その患者さんは、義歯を上下逆に入れようとしていたのです。しかし、誰もそのことに気がついていませんでした。患者さんはアルツハイマー型の認知症だったのですが、おそらく症状が進んで義歯の使い方がわからなくなってしまったのでしょう。私は義歯が上下逆であることを指摘し、使い方について改めてアドバイスしました。それだけのことで、患者さんはその日の夜から食事は完食です。“口の中を診る(見る)”という専門性 これらの患者さんに対して、私は何も特別なことはしていません。口の中を拝見し、歯科医師としてごく当たり前のアドバイスや処置をしただけです。それだけで患者さんは食べられるようになり、また発熱を防ぐことができました。大学では摂食機能療法を専門に行っていた私でも、訪問で摂食嚥下の機能評価を行う例は、過去3年のデータを見ても約3割です。残りの7割は一般的な歯科診療のみで問題が解決しています。でも、こういったことは実際に行ってみないとわからないことですよね。自分もそうでしたから。だから、「まずは歯ブラシ1本持って行ってみて」なのです。“口の中を診る(見る)”ことができるということは、皆さんが思っている以上に専門性が高いのです。その専門性を介護の現場で発揮してもらいたいのです。在宅では価値観の転換も必要 もちろん、それですべてが解決するわけではありません。口腔内の環境を整え、義歯を作ってもなお食べられない患者さんには機能評価をし、訓練を行う必要があるでしょう。自分で対応が難しい場合は、専門家との連携が必要になります。 また、外来とは異なる在宅ならではの難しい面もあります。まず考えないといけないのは患者さんのライフステージです。もっと言えば、患者さんに残された時間を意識することです。それによって、治療の選択肢も優先順位も大きく変わってきます。場合によっては、処置や義歯の製作といったことは行わず、口腔内を清潔にし、不快感なく過ごしてもらうことが第一となることもあるでしょう。患者さんが少しでも早く食べられるようになるために抜歯を選択するという場面もあるかもしれません。患者さんにとっての最善を考えるうえで、在宅では院内とは価値観を転換する必要が出てくるのです。 また、歯科訪問診療は、患者さんの生活の場にお邪魔するわけですから、さまざまなことの主導権は患者さんにあります。これは、自分が決めたルールで患者さんが動いてくれる外来での診療とは大きく違う点です。地域医療の担い手として 自力で通院できなくなったとき、「歩いて行けなくなりました。どうしたらいいでしょうか?」という連絡は、残念ながら歯科にはあまり来ません。多くの人は、通えなくなったらもう歯医者さんには診てもらえないのだと諦めているのです。さて、先生は今診ている患者さんが医院に来られなくなったとき、患者さんのお宅まで追いかけて行きますか? 行きませんか? ぜひ、地域医療を担うかかりつけ歯科医として患者さんに最期まで寄り添ってください。(談)図2 胃瘻の患者さん。まったく口から食べていなかったが、精査の結果、大好きな鰻が食べられた日に喜ぶ家族と。

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