デンタルアドクロニクル 2019
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17健康長寿社会の実現に向けて、それぞれのライフステージで歯科ができること  巻頭特集1 しかしなかでも深刻なのが、「たんぱく質不足」。肉を噛み切ることが難しくなると、自然と箸が向かなくなり、知らず知らずのうちにたんぱく質不足に陥りやすいのです。本当は肉が好きなかたも、歯が悪くて食べられないうちに「歳のせいで好みが変わった」などと自分を納得させて、気づかないまま習慣化してしまっているケースも見られます。 もともと高齢になると体へのたんぱく質の吸収率が落ちるのですが、そのうえ摂取する量自体も減ってしまうと、深刻なたんぱく質不足になり、筋肉量が減って体力や免疫力の低下を招きます。 噛めないかたが陥りやすい栄養の偏りは、「低栄養」として現実に高齢者の健康を蝕んでいます。国民健康・栄養調査(平成25年)によれば、70歳以上の高齢者のうち、「噛めないものが多い」かたの約33%に低栄養の傾向が見られ、「噛んで食べることができない」かたに至っては、約63%に低栄養の傾向がありました。 これは驚くほど大きな数字だと言わざるを得ません。メタボばかり注目されがちの現代ですが、低栄養は、高齢者の自立度を低下させる大きな問題です。低栄養がきっかけで介護が必要な状態になることも少なくありません。噛めるようになった患者さんこそ要注意! インプラントにしろ義歯にしろ、補綴治療により患者さんの咬合が回復し、しっかり噛めるようになりました。めでたしめでたし――。 この後、調整やメインテナンスを行う必要はあるにしても、以前はこれで歯科の仕事はひとまず終わりでした。しかし、これからの時代には、もうひとつ大切な仕事があります。それは、噛めるようになった患者さんの食生活へのはたらきかけです。 私はふだん、大学病院でインプラント治療を行っています。治療後のメインテナンスに来院された患者さんとお話ししていてとても気になるのが、「せっかくなんでも噛めるお口を取り戻せたのに、よく噛めずにいた期間の食事内容を引きずっているかたが意外に多い」ということ。 インプラントが入って何でも噛み切れるようになったのに、あいかわらず肉を避けていたり、噛めないときに身についた糖質過多の食習慣をそのまま続けていたり……。噛めるようになっても食事内容がそのままでは、栄養状態は改善されず、それどころか栄養の偏りが拡大することになります。 また、それとは逆に、よく噛めるようになり食事の楽しみが取り戻せたのでしょう、「インプラント治療で食べられるようになった!」と喜んで、必要以上にたくさん食べるようになり、肥満や糖尿病のリスクが急増してしまうかたも見られます。 噛めるお口を取り戻すための補綴治療が、糖尿病などのきっかけとなってしまっては、悔やんでも悔やみきれません。こうした事態を避けるためには、治療終了後に、今後の食生活や栄養の摂り方について、患者さんに助言しておくことが必要となります。 自治体や健康保険組合などが行っている栄養セミナーで、管理栄養士から栄養指導を受けるよう勧めるという手もありますが、それには患者さんがその場所にわざわざ行くというハードルがあります。ですので、治療が終わったそのときその場所――つまり歯科医院ですね――でお伝えするのがいちばんでしょう。 くわえて、メインテナンスのときには、治療の経過に目を向けるだけでなく、患者さんの食生活に耳を傾け、適宜、栄養の摂り方について指導や助言を行うことも求められます。 歯科の仕事は、噛めるお口をつくる・維持するだけでなく、その先の栄養を見据えた時代へと変わってきているのです。(談)噛める高齢者と噛めない高齢者食生活と栄養摂取の違い健康なからだの維持に欠かせない栄養素が全体的に不足しやすい!栄養素エネルギービタミンCビタミンB2ビタミンB1ビタミンA鉄カルシウム糖質たんぱく質噛めない高齢者噛める高齢者たんぱく質不足に!糖質過多に!湯川晴美『「かむ」ことと栄養の関連』(東京都老人総合研究所、1996年)『nico』2018年10月号よりその他野菜緑黄色野菜砂糖・菓子類油脂類豆類穀類・いも類肉類魚類乳・乳製品少ない!少ない!多い!食品群卵類

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