デンタルアドクロニクル 2020
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10巻頭特集1-3 人生100年時代に“歯科”ができること2020「平穏死」で強調された歯科の役割 われわれ歯科というのは、医学領域としては生死の問題からは遠いところにいるようでしたが、今日まで歯科医師として高齢者施設などで福祉や看護と関わるなかで、歯科にはこれまでのう蝕治療や補綴などではない、新たな領域が大きな原野として横たわっていること、またその重要性に気づかされました。 昨年、月刊「歯科衛生士」の特集企画1)で、『平穏死―口から食べられなくなったらどうしますか?』の著者、石飛幸三先生とお話しする機会をいただきました(図1)。石飛先生は、40年以上にわたり外科医として臨床の第一線に立たれた後、特別養護老人ホームの常勤医を務められている方です。石飛先生は、その経験から「平穏死」を提唱され、老衰の末期には人は自然と食べなくなるとし、単なる延命治療が意味をなさないのなら、点滴や胃瘻などで無理に栄養や水分を入れないほうがむしろ穏やかに逝けることを説かれています2)。 著書には、石飛先生が所長を務められている特別養護老人施設・芦花ホーム(東京都)において、歯科衛生士と職員の積極的な取り組みによって誤嚥性肺炎が激減したことも記されており、先生は、平穏死を迎えるうえで歯科職の役割が重要であるとおっしゃっています。それは、言うまでもなく口が生命活動の源である栄養の摂り口であり、その口腔を専門領域とするのがわれわれの職種であるからだと思います。歯科職は安全に食べることに困難を有する患者さんに対し、摂食嚥下の改善を図るという大切な命題(任務)を担っているわけです。高齢者施設で取り残されていた口腔 私は大学を1979年に卒業しましたが、卒業後に特別養護老人ホームを訪れる機会があり、ご縁があってそれから今まで40年間非常勤として勤務してきました。当時は高齢者医療などはありませんでした。「高齢化社会」という言葉もない時代で、老人ホームに歯科が関わることなどほとんど世間に知られていませんでした。 当時、入所者の方々の口の中はがれきの山のようにひどい状態で、衝撃を受けました(図2)。ところが、体はちゃんときれいに洗い清められているんです。口だけが抜け落ちていたんですね。しかし、少ない人数で忙しくされている職員の方を責めるわけにもいかず、自分の専門領域である「口腔」とはなんだろうと考えさせられました。そして、まだ歯周病が「歯槽膿漏」と言われている時代でしたが、留学先のスウェーデンで歯周治療におけるプラークコントロールの大切さを学んできていましたので、当時誰も見向きもしていなかった、高齢者の口腔ケアに取り組み始めたわけです。入所者の皆さんから口腔ケアの気持ちよさを喜ばれる歯科の究極的なかかわりは穏やかな終末を支えること~「平穏死」著者・石飛幸三先生との対談を経て~Dr. Takeyoshi Yoneyama米山武義(よねやま・たけよし)米山歯科クリニック(静岡県)院長。1954年生まれ。1979年日本歯科大学卒業。日本の口腔ケアの第一人者。同大歯周病学教室在籍時にスウェーデン・イエテボリ大学に留学し、帰国後、PMTC・PTCを日本に紹介したことでも知られる。わが国で初めて介護施設等で高齢者の口腔ケアの重要性を提唱し、誤嚥性肺炎が口腔ケアによって予防できることを示した論文をLancetに発表。病棟・施設における口腔ケアの礎を築いた。2014年にはその活動が認められ保健文化賞を受賞。40年間、特別養護老人ホーム・御殿場十字の園の非常勤歯科医師を務める。図1 2019年6月、芦花ホームにおいて、石飛幸三先生との対談を行った。対談のようすは歯科衛生士2019年11〜12月号に掲載。

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