デンタルアドクロニクル 2020
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11人生100年時代に“歯科”ができること2020  巻頭特集1一方、施設からまず口臭が減り、歯肉炎が減り、そして誤嚥性肺炎が減っていきました。 高齢者医療において、こういった口腔衛生管理にくわえ、食べることに対するお手伝いをしたり、口の渇きや乾燥の苦しみをちょっと和らげてあげるなど、歯科が果たす役割、特に歯科衛生士の役割はすごく大きいと感じています。いわゆる終末期、今でいう「人生の最終段階」を迎えた方に対しても、それは同様でしょう。生き続ければ「食べなくなる時期」はいつか来る しかし、ここで素朴な疑問が生じます。以前、特別養護老人ホームで栄養と口腔機能の関係を調べる研究を行った際、口腔機能を向上させる介入を行った多くの方々で血清アルブミン値が上昇し、低栄養状態を脱した一方で、数名の方では一切改善が見られず喫食率も改善しない事例がありました。何が問題で改善しないのか、多職種が集まって机上で討論をしていると、ある介護職員が「改善しない方々は90歳を超えるお年寄りで、傾眠傾向が著しく、食事介助の時間も1時間近くになっているのでしかたないですね」と言われたのです。この時、はっと大切なことに気がつかされ、現場を常に見ている専門職の存在の大きさを強く感じました。 つまり、人間は平素は口から栄養を摂り、体を維持していますが、やがてその栄養が必要なくなるステージを必ず迎えるということです。人生の最終段階に、歯科はどうかかわっていくか 現在のわが国の医療では、そのステージを迎えた時に胃ろうを増設するのはけして珍しいことではなく、救急搬送された病院で点滴をつけたまま最期を迎える方も非常に多くいらっしゃいます。しかし、欧米には寝たきりの高齢者が少なく、胃ろうの造設も非常に少ないという現実を考え合わせれば、人生の一大事に際してもっとも重要な関わりとなるのは、口腔衛生状態と口腔機能を保ち、味わう喜びを大切にし、肺炎を防いで平穏死を支えることだと考えます。 一方、近年改訂された呼吸器科のガイドライン(「成人肺炎診療ガイドライン2017」)3)を見て、口腔ケアの推奨レベル(「CQ25 肺炎予防において、口腔ケアは推奨されるか」)がもっとも低くなっていることを知り、私は愕然としました。この背景には、口腔ケアを推奨するには、現在の病院や施設の歯科衛生士の配置基準が満たされていないこともかかわっているのでしょう。 最近では、誤嚥性肺炎予防における口腔ケアの重要性が明らかになってきたとはいえ、まだまだ、口腔軽視の状況は改善していないように思います。とくに予防の実践にかかわっていない医師にとって極めて関心が薄いと言えます。もっと現場の声を国民に伝えていくべきと思います。今後、平穏死という選択肢を持てる社会にするために 先の対談を終えて、回りくどい表現にはなりますが、食べる意欲を冷静に判断し、積極的な支援から看取りのステージに至る変更点を多職種とともに見極め、平穏死を支える時代が近いことを私は強く感じました。 皆様にもぜひ考えてみていただければと思います。自分のこととして、家族のこととして、皆様はどういう選択をされますか。 今後、穏やかに死ねる医療・ケアを実現するためには、口のケアと管理、そして栄養管理が必須の時代を迎えると考えます。なぜなら平穏死を迎えるためには口への関わりがもっとも必要とされるからです。 歯科衛生士が求められる新たな世界が待っています。参考文献1.石飛幸三,米山武義.平穏死に歯科はどうかかわるか.歯科衛生士 2019;43(11-12).2.石飛幸三.「平穏死」のすすめ―食べられなくなったらどうしますか.東京:講談社,2010.3.日本呼吸器学会.成人肺炎診療ガイドライン2017.図3 芦花ホーム職員の皆さんと。石飛幸三先生(左から3人目)、米山武義先生(同4人目)、常勤歯科衛生士・渡辺三恵子さん(右端上)。石飛先生によると、芦花ホームでは常勤で歯科衛生士を配置したことが誤嚥性肺炎の激減に非常に大きな役割を果たしたとのこと1,2)。図2a、b 施設に入居する高齢者の口腔内に衝撃を受けた(80年代当時)。ab

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