デンタルアドクロニクル 2020
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13人生100年時代に“歯科”ができること2020  巻頭特集1す。しかし、オーラルフレイルと口腔機能低下症にははっきりとしたボーダーがありません。オーラルフレイルとは、国家プロジェクトとしてのキャッチフレーズです。つまりメタボリックシンドローム、ロコモティブシンドローム、サルコペニア、フレイルといったようなものです。これに対して口腔機能低下症とは保険診療における疾患名です。 私たちが歯科医院においてオーラルフレイルを確認するポイントは、身体のフレイル、顔の表情、声、口腔機能の低下を疑わせる訴え、口腔衛生・未処置歯の状態、含嗽の巧緻性などです。リスキーな人にはオーラルフレイルの問診票を用い、当てはまれば精密検査を行います。①口腔不潔、②口腔乾燥、③咬合力低下、④舌口唇運動機能低下、⑤低舌圧、⑥咀嚼機能低下、⑦嚥下機能低下、についてです。 今後、フレイル・オーラルフレイルを見逃さず、口腔機能の低下から障害への移行の予防による健康寿命の延伸への貢献をすること、そして要支援・要介護への進行の予防による医療費・介護費の抑制を図っていかなければいけません。訪問歯科診療のハードル 歯科医院の通院患者は約800~1,000万人/週といわれています。要介護・要支援・要介護予備軍・入院患者・通院困難者は約900万人といわれています。つまり、外来患者と同じ数の訪問患者が潜在しているということです。これに対し、訪問歯科診療を行っている歯科は約2割しかありません。歯科側のハードルは何でしょうか? 当院が位置する熊本県合志市の訪問歯科診療実態ですが、「今後する予定・検討中」の歯科医院が3分の2であるのに対し、「実際行っている」歯科医院は3分の1しかありません。 訪問歯科診療を始めるにあたっての問題点として、①煩雑な書類や保険請求事務、②診療機器等の設備投資、③医療事故に対しての不安、④人材・人員の不足、などがあります。 今年度から、筆者が所属している熊本県菊池郡市歯科医師会は、熊本県歯科医師会在宅歯科医療連携室事業におけるモデル地域に選ばれました。在宅歯科医療連携室の機能強化を図り、地域の実情に応じた訪問歯科診療の相談・調整体制の整備に取り組み、県下図1 【症例1:咬傷防止のための義歯】寝たきりで意思の疎通もとれず、残存歯による潰瘍を口唇に作っています。咬傷の場合、マウスピースを作りますが、残存歯が下顎前歯部だけのため上下の義歯を作りました。印象・咬合採得と困難でしたが、1ヵ月後、咬傷はすっかり消失、それどころか義歯が入り家族がたいへん喜ばれました。咬傷防止のための義歯が、審美のための義歯となりました。図2 【症例2:舌の送り込みが悪い義歯】 認知症で食事中のむせ、オーラルジスキネジアをもつ患者。噛んで右にずらすという不随意運動。上顎の鉤歯が抜歯となり摂食機能訓練(間接訓練:①嚥下体操、②呼吸訓練、③口腔周囲筋訓練、④舌の運動訓練、⑤構音訓練、⑥口唇閉鎖・軟口蓋挙上)を行いながら総義歯を製作しました。咬合調整に時間をかけ、噛んでずらしても落ちないようにしましたが、食後、口蓋に食物が残留します。舌の送り込みが悪いためです。口蓋部にレジンを盛り、舌が当たりやすいようにすることで解消しました(舌接触補助床:PAP)。参考文献1.園田隆紹.要介護高齢者における誤嚥・窒息事故予防としての咀嚼機能維持の重要性について.日口腔インプラント誌 2015;28(4):469-476.2.平野浩彦(監修).実践!オーラルフレイル対応マニュアル.東京:東京都福祉保健財団,2016.3.菊谷武.チェアサイド オーラルフレイルの診かた.東京:医歯薬出版,2017.4.森戸光彦. 高齢者歯科医療のシステム理解と実際 第1回「超高齢社会の成立と社会学的問題点」.(In.)歯科医療情報推進機構(編).高齢者歯科医療のシステム理解と実際 セミナー抄録集.東京:NPO法人歯科医療情報推進機構,2015.全域における在宅歯科医療提供体制の構築を図るものです。これらのことで、受ける側のハードルも検討しています。 終わりに 今後、訪問歯科診療における双方のハードルを越えることが必要です。ライフステージの最終における部分での取り組みですが、外来・訪問を通じて補綴治療による咬合支持域の維持・回復を行うことで、器質的に整備しておくことは、後の健康寿命の延伸、オーラルフレイルの予防におおいに寄与でき、まさに歯科にしかできないことだと思います。

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