デンタルアドクロニクル 2020
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15人生100年時代に“歯科”ができること2020  巻頭特集1重要であると言えます。 咀嚼機能を嚥下機能の一部と考えるならば、咀嚼機能の低下はいわゆる嚥下機能の予備能、つまり余力の低下を意味するものです。予備能とは最大活動量から日常生活で行われている活動量を除いたものです。加齢とともに筋肉・神経などの機能低下が起こって最大活動量が低下すると、予備能も低下していわゆる余力が大変少ない状態となります。 咀嚼機能は年齢の影響をあまり受けないため、早期から咀嚼機能を回復し、それを維持し続けることが高齢者の摂食嚥下障害予防に大きく寄与すると言えるでしょう。 青年期に欠損歯列に至ったとしても、もともとの予備能が高いために欠損歯列を放置しても食事の際に不都合が生じない、または生じたとしても経口摂取が困難に陥るほどの障害が起こることは滅多にありません。しかし、欠損歯列の放置は嚥下機能の予備能を低下したままにしていることを意味します。これは、脳血管障害などによる神経筋機構の障害が起こった際に、摂食嚥下障害に容易になりやすい、また加齢にともない嚥下機能が低下した際に早期に嚥下障害を起こす可能性があることになります。嚥下機能の予備能が意味するもの 歯科医療従事者は青年期・壮年期における欠損歯列に対して、その患者の将来の嚥下機能の予備能を低下させない、さらにはそれが患者の将来の誤嚥・窒息事故予防にもつながるということまで念頭に置いて、欠損歯列の治療の必要性を患者自身に理解してもらうことが大切です。予備能の低下した老年期で嚥下機能の向上を考えるよりも、欠損歯列を放置しないで食事を行うための環境をいかに整えるかを考えることが現実的です。そのためにもできるだけ早期に欠損歯列の治療を行い維持することが、老年期での嚥下機能の予備能の低下に対する備えになると私は考えています。欠損歯列を放置せず、速やかにインプラント補綴で咀嚼機能を回復・維持することは、言い換えるとしっかり噛める環境の回復であり、楽に飲み込める環境の維持につながります。加齢や脳血管障害による麻痺・廃用などで嚥下機能が低下したとしても、経口摂取を維持するための効果的な手法だと言えるでしょう。介護の現場でのインプラントの対応 要介護高齢者のインプラント補綴は、機能している補綴がある反面、上部構造の脱離やインプラント体の動揺、インプラント周囲炎などのトラブルが起こることもあります。 訪問診療に従事している立場からは、咬合が崩壊し低栄養の予防に重きを置いて対応することが最重要であると考えます。インプラント補綴の対応をスムーズに行うために、治療した医院で介護の現場で対応することが理想ですが、それが難しいならば、訪問診療可能な医院に紹介できる体制をあらかじめ作っておくことが重要です。そのためにもインプラント治療を行った患者もしくは家族が通院できない状態になったら、必ず自院に連絡する旨を伝えておきましょう。平均寿命が年々延び、「人生100年時代」とも言われる昨今、インプラント治療の需要も高まっていくと予想されます。インプラント補綴をする際には、患者が要介護状態になることも想定して治療に取り組んでほしいと思います。 今後、インプラント治療を行っていて、日頃訪問診療に従事していない歯科医師、歯科衛生士の方々に、介護の現場の実情を知っていただき、訪問診療に従事する歯科医療従事者と対応方法や体制について議論していくことが必要だと考えます。咽頭腔内における食塊形成良好例(左)と不良例(右)。左は食塊形成が十分に行われており、食物が一塊となってまとまりがありスムーズに移送され、嚥下反射後残留しにくい。右は食塊形成が不良で食物が一塊ではなく、嚥下反射後咽頭残留しやすい。参考文献1.東京都長寿医療センター.「在宅療養高齢者の口腔機能に関連した課題に関する調査研究事業」報告書.東京:東京都長寿医療センター,2011.2.厚生労働省.不慮の事故による死亡の年次推移 (2)主な不慮の事故の種類別にみた死亡数の年次推移(http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/furyo10/01.html).3.石山直欣, 平野浩彦, 笠原諏訪子, 渡辺郁馬, 山根 瞳, 牧野正義, 天野秀紀.地域老年者の咀嚼能力および口腔内状況に関する研究(第1報)口腔内調査のフレームワークについて.老年歯学 1993;7(2):141‒149.

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