QDI ダイジェスト見本誌2020
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特集3― AMR対策と術後感染予防薬の エビデンスを基準に ―インプラント治療における抗菌薬の適正使用を考える松野智宣 Tomonori Matsuno日本歯科大学生命歯学部口腔外科学講座 教授はじめに インプラント治療に限らず、われわれ歯科医師が日常臨床で抗菌薬を処方する機会は少なくない。しかし、インプラント埋入や抜歯などの術後感染予防と、歯冠周囲炎やインプラント周囲炎、あるいは顎骨骨膜炎などの感染症治療、つまり「感染予防」と「感染治療」という異なった目的にもかかわらず、いつも同じように抗菌薬を処方してはいないだろうか? たとえば、インプラント治療や抜歯をはじめとする口腔外科手術、あるいは歯周外科手術などの術後に、感染予防の抗菌薬を漠然と1日3回3日分(あるいはそれ以上)処方している読者は少なくないと思われる。また、処方する抗菌薬の種類も、術後感染予防抗菌薬として推奨されているアモキシシリン(AMPC)などではなく、バイオアベイラビリティ(生物学的利用能:投与された薬物がどれだけ全身循環血中に到達し、作用するかの指標)が低く、耐性菌も多くなっている第3世代のセフェム系をまだ選択してはいないだろうか? 現在、抗菌薬、抗真菌薬、抗ウイルス薬などを含む抗微生物薬(antimicrobial agents)の使用に関しては、従来からの薬剤アレルギーや臓器障害などの副作用に加え、薬剤耐性(antimicro-bial resistance:AMR)が世界的に重大な問題となっており、われわれ歯科医師も抗菌薬投与について見直さねばならない立場にある。 そこで、本特集ではわが国のAMR対策アクションプランの概要と、それをふまえたインプラント埋入後の感染予防に対する抗菌薬の適正使用を中心にまとめてみたい。特集3650065 ─Vol.27, No.1, 2020P065-075_QDI01_toku3.indd 652019/12/11 14:46特集31.世界的規模で実施されているAMR対策多剤耐性菌の拡大で人的・経済的損失が莫大に 現在、薬剤耐性菌は世界的に増加の一途をたどっている。その一方で、新たな抗微生物薬の開発は減少傾向にあるため、薬剤耐性菌による感染症の増加が国際社会でも大きな課題となっている1)。このような背景の一つには、1980年代以降のヒトに対する抗微生物薬の不適正使用があり、多剤耐性菌が世界的に拡大した。この不適正な抗微生物薬使用に対してこのまま何も策を講じられなければ、2050年には全世界で年間1,000万人(3秒に1人)が薬剤耐性菌によって死亡し、経済的には100兆ドルが損失することも推定されている2、3)。AMR対策には抗微生物薬の適正使用がカギ このようなAMRの発生・伝播を抑制するためには、抗微生物薬の適正使用(antimicrobial stuwardship:AMS)と感染予防・管理が重要である。そのためには規制はもとより、抗微生物薬を使用する者、微生物の感染予防・管理にかかわる者などがともにAMRに関する知識と理解を深め、行動変容に結び付けなくてはならない。 そこで、2015年5月、WHO(世界保健機関)でAMRに関するグローバルアクションプランが採択された。その最終目標として「安全で効果的な薬剤により感染症に対する治療や予防手段が確保されている世界」が掲げられ、加盟各国は2年以内にAMRに関する国家行動計画を策定することが求められた。また、抗微生物薬はヒト以外にも動物の医療や蓄水産、農業などあらゆる分野で用いられ、薬剤耐性菌は環境汚染などさまざまな形式で伝播するため(図1)、それぞれの分野を超え、連携してAMRに取り組む「ワンヘルス・アプローチ」の強化と新薬などの研究開発に取り組むことも確認された。日本のAMR対策アクションプランとその効果 これを受け、わが国では2016年4月、2020年までの5年間に「適切な薬剤」を「必要な場合に限り」、「適切な量と期間」使用することを徹底するために、6つの分野におけるAMR対図1 薬剤耐性菌の伝播。図2 日本の薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン。家畜からの伝播環境汚染による野生動物、水、農業への影響農作物や食肉からの伝播薬物耐性菌を含む食物や水による影響環境汚染から人から人、家畜やペットからの伝播1.普及啓発・教育薬剤耐性に関する知識や理解を深め、専門職などへの教育・研修を推進2.動向調査・監視薬剤耐性および抗微生物薬の使用量を継続的に監視し、薬剤耐性の変化や拡大の予兆を適確に把握3.感染予防・管理適切な感染予防・管理の実践により、薬剤耐性微生物の拡大を阻止4.抗微生物薬の適正使用医療、畜水産などの分野における抗微生物薬の適正な使用を推進5.研究開発・創薬薬剤耐性の研究や薬剤耐性微生物に対する予防・診断・治療手段を確保するための研究開発を推進6.国際協力国際的視野で多分野と協働し、薬剤耐性対策を推進●概  要:WHOの「薬剤耐性に関する国際行動計画」をふまえ、関係省庁・関係機関などがワンヘルス・アプローチの視野に立ち、協働して集中的に取り組むべき対策をまとめたもの●計画期間:今後5年間(2016〜2020年)●構  成:以下の6つの分野に関する「目標」や、その目標ごとに「戦略」および「具体的な取り組み」などを盛り込む66Quintessence DENTAL Implantology─ 0066P065-075_QDI01_toku3.indd 662019/12/11 14:46来院された急性の感染症例である。術後感染への基本対応に則り排膿路を拡大後、膿瘍腔を生理食塩水で十分に洗浄して、好気的な環境にするとともに、治療量の抗菌薬を投与した。本症例ではAMPCを1回250mg、1日4回(6時間ごと)、3日間処方し消炎を図った。消炎後は連結冠を切断して、インプラントを除去し、外科的デブライドメントを行った。なお、この処置の1時間前に予防抗菌薬としてAMPC 500mgを単回投与し、術後は1回250mgを1日3回(8時間毎)、2日間処方した。 図9は全身麻酔下で両側の上顎洞底挙上術(ラテラルウィンドウテクニック)を施行した症例である。術後感染予防にはRXM(ルリッド®)を1回150mg、1日2回、14日間処方し図8-a、b (a)₇部の粘膜辺縁から排膿、出血していた。(b)インプラント周囲炎による漏斗状の骨吸収が進行していた。(症例提供:小倉 晋氏[日本歯科大学附属病院口腔インプラント診療科])●目   的:感染治療●抗菌薬処方:AMPCを1回250mg、1日4回(6時間ごと)、3日間。▼インプラント周囲炎による排膿症例ab●目   的:術後感染予防●抗菌薬処方:手術1時間前にAMPC(サワシリン®)500mgを経口投与、術後に1回250mgを1日3回、3日間。▼フィクスチャー破折症例図7-a〜e (a)フィクスチャーの破折。(b)トレフィンバーでインテグレーション部を削除し、(c、d)除去ツールによりフィクスチャーを除去した。(e)除去されたフィクスチャー。abdceインプラント治療における抗菌薬の適正使用を考える─AMR対策と術後感染予防薬のエビデンスを基準に─730073 ─Vol.27, No.1, 2020P065-075_QDI01_toku3.indd 732019/12/11 14:46可撤性のインプラント補綴装置で患者は本当に満足するのか?可撤性のインプラント補綴装置で患者は本当に満足するのか?ー昭和大学歯科病院における患者のOHIPスコア、費用対効果からー樋口 大輔(Daisuke Higuchi)  楠本 友里子(Yuriko Kusumoto)  武川 佳世(Kayo Mukawa)  馬場 一美(Kazuyoshi Baba)昭和大学歯科補綴学講座 インプラント治療が広く普及して一般的な治療となった現在、歯科医院は選ばれる時代となり、インプラントを希望して各医院に訪れる患者数には限界がくるかもしれない。求められるのは他医院との差別化である。より低侵襲で費用を抑えたインプラント治療を提供できれば、大きなアドバンテージとなる。当然、安かろう悪かろうでは患者は納得しないし、歯科医師の労力に見合う収支でなければ、その治療法は広まらない。 そこで本企画では、昭和大学歯科補綴学講座で行った可撤性および固定性インプラント治療の介入効果を患者QOLと費用対効果から検討した研究を報告するとともに、可撤性インプラントの費用面も含めた有用性についても考察していただいた。(編集部)特集2550055 ─Vol.27, No.1, 2020P055-064_QDI01_toku2.indd 552019/12/11 14:30侵襲:小 費用:中可 撤 性侵襲:大 費用:大固 定 性緒言ー研究背景をふまえてー インプラント治療は患者QOLを向上させる有用な補綴治療であるが、患者の外科的侵襲および経済的負担が大きい。多数歯欠損患者に対して固定性インプラント補綴装置を選択する場合、経済的負担は特に大きく、多くの患者に適応することは困難である(図1)。より多くの患者がその効果を享受するためには、低侵襲・低コストとなるインプラント治療の普及が必要と考えられる。 たとえば、下顎無歯顎患者に対してはインプラント2本を支持としたImplantoverdenture(以下IOD)が予知性も高く、患者QOLを向上させる第一選択の治療法としてMcGillコンセンサスにおいても挙げられている1)。現在のところ、このIODは必ずしもゴールドスタンダードではないが、多くの患者の満足、コスト、治療時間を考慮したミニマムスタンダードと考えられる2)。 一方、保健医療の効率性を考える際に重要なのは費用対効果の検証である。単に経済的負担が少ない方法が効率的であると断定できるわけではなく、さらにその費用対効果を複数の治療法と比較することが重要である3)。新薬や新しい手技を導入する際、従来の治療法よりも費用対効果が高いと判断されれば、従来の方法に取って代わるものとなりうる。 インプラント治療においてもアウトカム指標、すなわち治療効果を縦軸に、患者の費用負担を横軸した二次元的な観点から費用対効果を検証する必要がある。 現在、医療経済評価において推奨されるアウトカム指標としてはQOLに生存期間を乗じたQALY(QualityAdjustedLifeYear:質調整生存年)が使用される4)、このQOL値は0(死亡)と1(完全な健康)で基準化されるため、歯科の分野においてはその指標・指針は確立されていない。しかし、治療効果を測るQOL調査は医療従事者の評価から、実際にその治療を受けた患者自身の評価へと転換できる重要なものである。当講座ではこのような認識に基づき口腔関連QOLについての研究を継続してきた5〜10)。 今回、多数歯欠損患者を対象として、可撤性および固定性インプラント治療の介入効果について口腔関連QOLアンケートを用いて比較検討するとともに費用対効果も検討したので報告したい。研究内容について対象および方法 2008年4月〜2017年4月に昭和大学歯科病院補綴歯科およびインプラントセンターを受診した患者を対象とした。選択図1-a、b 多数歯欠損患者に対して固定性インプラント補綴装置を選択する場合、外科的侵襲と経済的負担は大きい。ab特集256Quintessence DENTAL Implantology─ 0056P055-064_QDI01_toku2.indd 562019/12/11 14:30患者A先生、入れ歯が食事中に動いてしっかり物が食べられないんですよ。お友達とお食事するときも入れ歯だけでなく周りからの視線も気になって、外食する機会も減ってきました。先生、最近話題のインプラントは私にもできますかね。歯科医師そうですね、Aさんの顎の骨はだいぶ減ってきているので入れ歯の安定も難しくなってきていますね(図7-a)。新しい入れ歯を作り直す方法もありますが、もちろんインプラントを使ってしっかりと噛めることを目指してもいいですね。患者Aでも、お高いんでしょ。それに私の骨がインプラントに耐えられるか、心配だわ。歯科医師先日、ご記入いただいたアンケートを拝見すると、Aさんは食べることだけでなく、お出かけの回数が減るなどお困りの様子ですね。もちろん、取り外しの必要のない自分の歯のようなインプラントもありますが、このアンケート結果とAさんの年齢などから判断するとインプラントを2本入れて、それを支えにした入れ歯でも十分満足できる結果が出そうです。取り外しできるインプラントの入れ歯はお手入れも楽ですし、費用も1/3程度で可能ですよ。患者Aえ、そうなんですか? 今はインプラントする前からそこまでわかるんですね。やっぱり最後は食べることが楽しみになるのよね。ちょっと主人にも相談してみます。(そして術後)歯科医師どうですか? 新しい入れ歯はだいぶ慣れてきましたか(図7-b)。患者Aはい、インプラントを支えにした入れ歯は本当にピタッとしていますね。お友達とのお食事も美味しく食べられるようになりました。患者A(70歳女性、主婦)症例1図7-a、b 70歳女性(主婦)における可撤性インプラント治療。2本のインプラントを支台とするIOD治療を行った。口腔機能を回復すると外出機会が増え、患者の活力が向上する。いわゆる全身のQOL(SF-36)も向上することが報告されている10)。ab可撤性のインプラント補綴装置で患者は本当に満足するのか? ─昭和大学歯科病院における患者のOHIPスコア、費用対効果から─610061 ─Vol.27, No.1, 2020P055-064_QDI01_toku2.indd 612019/12/11 14:30インプラント治療時、抗菌薬を正しく使っていますか? 実は、手術の内容や処方の目的によって使い分ける必要があるんです。特集2可撤性インプラント補綴装置による患者満足度と費用対効果は固定性に比べて実際どうなのか? Quintessence DENTAL Implantology 2020 ダイジェスト見本誌4

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