2022年4月17日掲載

「歯科の未来、これから私たちができること」をテーマに

ライオン歯科衛生研究所、予防歯科セミナーを開催

ライオン歯科衛生研究所、予防歯科セミナーを開催
 さる4月17日(日)、ライオン歯科衛生研究所による予防歯科セミナー(公益財団法人ライオン歯科衛生研究所主催)が「歯科の未来、これから私たちができること」をテーマにWeb配信にて開催された。同研究所は定期的に健康セミナーを開催しているが、予防歯科をさらに普及させるべく、今回より「予防歯科セミナー」と銘打っている。

 濱 逸夫氏(ライオン歯科衛生研究所理事長)による開会の挨拶のあと、最初の演者である天野敦雄氏(阪大教授)が登壇。「生涯28 近未来の歯科」と題し、中世、近代、昭和を振り返りつつ、これからの時代――令和の歯科医療に必要な知識を概説した。

 氏によれば、歯周病を考えるときに、全身への影響はもはや見過ごせないという。歯周病により産生される炎症性サイトカインは血流にのって体内に運ばれ、さまざまな全身疾患を引き起こす。P.g.菌がもつタンパク分解酵素「ジンジパイン」は、歯周組織を構成するタンパク質を分解するだけでなく、脳細胞のタンパク質も変性させ、アルツハイマー型認知症の一因となっている。だがそれは逆に、歯周病が改善できれば、全身への良い影響が見込めるということでもある。たとえば「糖尿病診療ガイドライン2019」では、「Ⅱ型糖尿病は歯周病の治療で改善する可能性が大いにある」(推奨度A)とされているし、現在、米国のバイオ企業で臨床試験中のジンジパイン阻害薬が実用化されれば、認知症治療に大きな前進が期待できる。

 また、患者への働きかけについては、患者に“自分も主治医である”ことを意識させる必要があると述べた。その際のポイントとして、歯周ポケットからの出血がいかに危険であるかを知ってもらうことが重要だということだが、それは血液に含まれる鉄とタンパク質により、P.g.菌が爆発的に増殖し、病原性を高めることが理由である。講演のなかではさらに、日本歯科医学会が制作した「2040年への歯科イノベーションロードマップ」のビデオも紹介された。

 続いて、「これからの予防歯科について―小児への取組み―」の演題で、朝田芳信氏(鶴見大教授)が乳幼児期からの予防歯科の意義と目的を俯瞰的に説明した。

 氏によれば、日本の小児のう蝕有病者率は減少傾向にあり、う蝕も軽症化しているが、国際基準と比較すると楽観視できる状態ではないという。実際、日本の5歳児の早期小児う蝕(Early Childhood Caries:ECC)の有病者率は、けっして低いとはいえない状況にある。また、食べる・話す・呼吸する機能が十分に発達していない、あるいは機能が獲得できていない口腔機能発達不全症の小児も多く、乳幼児期からの支援が必要とされている。そうした現状から、う蝕予防に留まらず、口腔機能の獲得や食育を支援するため、小児に寄り添い、小児と保護者の行動変容を引き出すスペシャリストである歯科衛生士の役割が重要度を増していると締めくくった。

 最後に、竹林正樹氏(行動経済学研究者、青森大客員教授)が「わかっているのに、予防行動しない人を動かすには?」の演題で講演。行動経済学から派生した「ナッジ理論」に基づき、どうすれば患者の行動変容を引き出せるか、その発想のヒントを論じた。

 ヒトは「直感」と「理性」をもつが、現実にはまず直感で物事を決める傾向がある。直感はさながら“象”のように大きく強い影響力を有し、患者にとっては、理性で判断すれば「やらなくてはいけない」予防行動も、直感で「やる気にならない」なら及び腰になる。ナッジ理論はその直感に訴えかけ、nudgeする(背中を軽く押す)ようにヒトの行動を変えることを目的としている。強制したり、褒美や罰を与えたりするのではなく、望む方向に直感を誘導する枠組みをつくっていくものだ。たとえば、医院での患者向けパンフレットに情報を細かく盛り込むことがよくあるが、「情報過多は行動の障壁」となる。直感はちょっとした障壁で行動をやめてしまうため、一度に見せる情報は絞り、矢印で明確な導線をつくる(「詳しくはページをめくってください」など)ほうが患者の注目度は高くなる。本講演では、こうした事例がいくつも披露された。

 講演後には、西沢邦浩氏(日経BP総研客員研究員、日経ヘルス元編集長)の司会の元、演者3名によるパネルディスカッションが行われた。

 本セミナーは振り返り視聴にも対応しており、2022年4月20日(水)から5月15日(日)にかけてオンデマンド配信(無料)されている。視聴の申し込みはこちらより(オンラインイベント予約システムPeatixへの無料登録が必要)。

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