オッセオインテグレーテッド・インプラントの咬合様式
- 【読み】
- おっせおいんてぐれーてっど・いんぷらんとのこうごうようしき
- 【英語】
- Occlusal scheme for osseo-integrated implant
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- オッセオインテグレーションosseointegrationは骨結合と訳され、インプラント用語解説によれば、“インプラント体が生活を営んでいる骨組織にしっかりと密着し、維持した結合状態を呈し、インプラント体に加わった力を骨に直接伝達すること”と定義されている(Int J Oral Maxillofac Impl 1987)。これはbioinertな素材が軟組織の介在なしに骨組織と密着している状態を表す。この用語はラテン語で“骨”を表すOsと、英語の“統合、一体化”を示すintegrationを組み合わせた合成語である。
オッセオインテグレーションの理論は、1969年、スウェーデンのBranemarkによって開発された。Branemarkは骨の治癒作用に興味をもち、微小循環系microcirculationからアプローチするためにウサギの腓骨にチタン製のチャンバーを埋入した。その過程でチタンのチャンバーが骨組織と強固に結合することを偶然に発見し、人工歯根用材料としてのチタンの有効性を知った(Albrektsson 1983、Zarb 1983)。
これをもとにチタンのインプラントを製作してイヌの顎骨に埋入し、ブリッジを装着して経過観察を行なったところ、1年後の観察ではインプラント周辺の歯肉に炎症が観察されたが、炎症は骨組織には波及しておらず軽度の粘膜組織炎にとどまっていた(Branemark 1983)。インプラントを取り囲む歯肉組織には、ヒトの上皮付着面にみられるヘミデスモゾームと、上皮細胞の基底膜の暗板lamia densaとが接合していることがわかった。その下方ではコラーゲン線維がインプラントの周囲をしっかりと取り囲み固定していた(Albrektssonら 1981)。歯肉溝内には角化性の辺縁上皮により歯肉カフが形成され、歯肉溝底の付着上皮と結合しているのが認められた(Hanssonら 1983)。骨との結合力は強大で100kg以上の荷重をかけても抜け落ちることがなく、骨自体の破折によりはじめてインプラントを取り外すことができた。以上の経緯を経て、1952年にオッセオインテグレーテッド・インプラントBranemark Systemの基本的構想が確立された。以来、約10年間に及ぶ基礎実験の後、1965年5月より臨床応用が開始された(Branemarkら 1969、77)。
Zarb、Schmitt(1987)は、歯科用インプラント研究の達成目標として、1)インプラント材料の実験的な一定条件下での反応、2)良好な治癒反応を惹起するようなインプラント体埋入部位の形成法、3)機能的および異常機能的応力に長期にわたって耐えるようなインプラントと補綴物のデザイン、ならびに性能の3つをあげているが、Branemark Systemがこれらの基準を満たしていることは周知の事実である。Adellら(1981)と関根、小宮山(1983)は、Branemark Systemの発展の歴史を、初期(1965~68年)、開発期(1968~71年)、確立期(1971年~現在)の3つに大別している。現在、行なわれているような形状と術式が確立されたのは確立期の1971年に入ってからである。
国外においてもこのシステムは高い評価を受けた。1980年にはカナダのトロント大学でZarbを中心に臨床治験が開始され、1982年にはオッセオインテグレーションの理論についての会議がトロントで開催され、北米のほとんどの歯科大学から補綴と外科の専門医が集まった(Zarb 1983)。以来トロント大学が北米における核となり、Branemark Systemは急激に普及した(Zarb 1983)。インプラントに対して閉鎖的な姿勢をとっていたアメリカ歯科医師会は、20年間にわたり発表された基礎研究と症例報告を認め、1985年にこのインプラントを暫定的に受諾することを決定した(Albrektssonら 1986)。そして1988年の1月にはアメリカ初の骨内インプラント・システムとして受諾された。以来、Branemark Systemの学問的立場はさらに確かなものとなった(Dental Market Network 1988)。
【特徴】
オッセオインテグレーテッド・インプラントの最大の特徴は、フィクスチャーが生体の骨と強固に結合して一体化されていることであり、これが従来のインプラントと本質的に異なる。これによりインプラントのフリースタンディングが可能となった。従来のインプラント法では完全な骨結合を期待できなかったため、インプラント体を固定するために上部構造を天然歯と連結することが必須とされた。オッセオインテグレーテッド・インプラントはそれ自体によって、顎骨内に強固に植立するため、顎骨中に埋入されたフィクスチャーのみによって上部構造物を支える、いわゆるフリースタンディングが可能である(Branemark 1983)。
オッセオインテグレーテッド・インプラントは本来、無歯顎用として開発された。4~6本のフィクスチャーを上下顎骨の前歯部に埋入し、それを支台として左右の第2小臼歯に及ぶ延長タイプのフルブリッジを製作する。延長部(カンチレバー)の長さは骨質の劣る上顎では左右それぞれにおいて10mm以内、骨質の緻密な下顎では20mm以内とされている。このような補綴物はボーンアンカード・“フル”ブリッジとよび、局部欠損に用いるフリースタンディングのボーンアンカード・ブリッジと区別している。ボーンアンカード・フルブリッジの咬合力は時に天然歯以上になるといわれている(Haraldson 1985)。総義歯装着時の咬合力は3.0~4.5kgで正常な咬合力の1/4~1/5程度にすぎない(Carrら 1987、Haraldsonら 1979、79、O’Rourke、Miner 1951)。しかしボーンアンカード・フルブリッジではその10~20倍の咬合力が期待できる。
インプラントの上部構造はゴールド・スクリューによりアバットメント・スクリューに連結され、アバットメント・スクリューはアバットメントをフィクスチャーに固定している。そのため上部構造が破損した場合でも簡単に取り外して修理することができる。また術後に一部のフィクスチャーに問題を生じた場合にも、他のフィクスチャーをそのままにして不良のものだけを撤去できる。また、すでに埋入されているフィクスチャーの近辺に新たにフィクスチャーを埋入して、異なるデザインの上部構造を製作することも可能である。このようにインプラントと上部構造が適宜に分離できる構造になっているためアフターサービスが簡単である。インプラントの長期的な予後を考えるうえで、こうした融通のきくシステムは非常に有利である(Sullivan 1986、87)。患者は固定性の補綴物を求める傾向が強いが、このような利点をもつボーンアンカード・フルブリッジは老人歯科における最良の補綴療法のひとつといえよう(Bergman 1983)。
歯槽骨が過度に吸収し、フィクスチャーを支える十分な骨が存在しない場合には、最低2本以上のフィクスチャーを埋入しオーバーデンチャーを調整する。Branemark Systemにより治療される無歯顎患者の20%にオーバーデンチャーが用いられている。オーバーデンチャーは可撤式補綴物であるため患者の自尊心を100%満足させることはできないかもしれないが、フィクスチャーの埋入本数が少ないため経済的である。また、ボーンアンカード・フルブリッジでは口腔衛生上に理由で上部構造の粘膜面が歯槽堤より離れたところに設置される。そのため、ハイリップラインの患者の上顎補綴では審美的欠陥や息もれによる発音障害を招くことがあり、むしろオーバーデンチャーが適応することが多い。
局部欠損の補綴にBranemark Systemが利用されるようになったのは、1970年代後半からでその歴史は浅い。通常、フリースタンディングのブリッジの製作には2本のフィクスチャーが必要とされ、これにより4歯までのブリッジを支持できる(Sullivan 1986、87)とされてきたが、近年は1歯当たり各1本のフィクスチャーを用いることが推奨されている。フィクスチャーが骨結合するためにはその周囲に十分が量の骨が存在する必要がある。そのため、局部欠損症例でフィクスチャーを天然歯根に密接させて埋入するのは危険で、近遠心的に隣接歯の歯周組織を守るために最低3~5mmのスペースをおく必要がある。また歯列の後方部は開口量の関係で手術が難しいので、長いフィクスチャーを埋入することができないことが多い。隣接歯との間にできるスペースには、ブリッジから隣接歯に向かってポンティックを延長させた形状とする。
前歯欠損症例では通常2~3本のフィクスチャーを埋入し、これにより最大4歯のブリッジを支持させることができ、また4本のフィクスチャーにより5~6歯の補綴も可能である。従来の固定性ブリッジ補綴で歯科医を悩ませてきたのは犬歯を含む連続欠損であった。このような症例では転覆線が発生するため支台歯にテコの作用が発生する(Shillingburgら 1981)。Branemark Systemではこうした症例にも簡単にブリッジを製作できる。これによりブリッジの禁忌症がせばめられた。歯列の彎曲の内部にフィクスチャーを埋入することにより、ブリッジは数個の直線に分割され転覆線は発生しにくくなる。
オッセオインテグレーテッド・インプラントではあくまでフリースタンディングが基本になる。フィクスチャーは顎骨に強固に骨結合されているのに対し、天然歯は歯根膜によって歯槽窩内に牽引され100~200μmの可動量をもっている。(Ruddら 1964)。そのため一端をフィクスチャー、他端を天然歯に連結すると天然歯の動揺が制限され廃用性萎縮が起きるおそれがある。そのような症例ではブリッジと天然歯との間をキー・アンド・キーウェイで半固定にすることが試みられてきた。しかし短期間に天然歯が沈下し上部構造を支えなくなるため、その効果は疑わしい。
Jemt(1986)により、単冠の補綴にこのシステムを用いる方法が紹介されて以来シングルトゥースリプレースメントは広く使われ、今日ではセラワン・システムとして定着している。その他、アバットメントを歯開溝内に隠し、審美性を高めるために、エスティコーン・アバットメントが開発されている。またフィクスチャーの長軸とアクセス・ホールの方向を調節するためにアンギュレーテッド・アバットメントが使われている。オッセオインテグレーテッド・インプラントは顔面顎補綴の分野でも活用されている(Branemark 1983、Connorら 1985、Prelら 1986、86、86、Tjellstromら 1985、Yontchev 1985)
オッセオインテグレーテッド・インプラントの成功率についてはBranemarkら(1981、83)の研究とAdellら(1981)の研究が有名である。Branemarkらは5年後の経過観察における下顎のインプラントの成功率は96.5%、上下顎に埋入された各350例ずつの術後15年の成功率は上顎81%、下顎91%であったと報告している。Adellらは上顎に埋入した734本のオッセオインテグレーテッド・インプラントを調べ、術後1年の成功率は88%、5~12年後で84%であったと報告している。下顎に埋入したインプラントの成功率は術後1年で94%、5~12年で93%であった。世界中にある50以上のオッセオインテグレーテッド・インプラント・センターで行なわれている術後1~6年間の経過観察では、下顎に埋入したインプラントの成功率は90~100%という良好な結果が示されている(Adell 1983、85、Albrektssonら 1986、87、Laneyら 1986、Zarb、Symington 1983)。
1990年になって、Adellは無歯顎症例の長期追跡結果を発表した。追跡期間は15年で、追跡対象は無歯顎患者700名である。上顎または下顎の無歯顎総数は759床、埋入フィクスチャー総数は4,636本に達する。1顎1単位で集計した15年経過後の成功率は、上顎92%、下顎99%であった。この集計は経過途中でフィクスチャーの入れ変えなどがあっても症例ごとの成否で判定されている。15年経過時点における個々のフィクスチャーの残存率は上顎78%、下顎86%であった。
【咬合様式】
オッセオインテグレーテッド・インプラントに付与する理想咬合についてはほとんど報告されていないが、Lekholm(1983)は咬合力がすべてのフィクスチャーに均等に分散できるような咬合を上部構造に付与することをすすめ、咬合応力負荷配分が不適切だと、フィクスチャーの動揺を招き骨破壊を引き起こす原因になると述べている。こうした理由から現在のところオッセオインテグレーテッド・インプラントにはバランスド・オクルージョンが支持され、臨床的には一応の成功をおさめている。しかし咬合力負担能力の観点から、特定のフィクスチャーへの過大な垂直および側方応力負荷を危険視する向きもあり、上部構造の臼歯部へ不必要に荷重を分担させる、バランスド・オクルージョンのような咬合様式の適否につき検討される必要がある。
ボーンアンカード・フルブリッジは天然歯よりも強固に顎骨に植立されているため、天然歯に必要とされるような咬合様式を、天然歯の場合よりもさらに厳密な精度で付与する必要があると考える。少なくとも、軟らかい歯槽粘膜の上にのっているだけの、従来の総義歯に適用されるバランスド・オクルージョンのような咬合は不適であることは明らかである。ボーンアンカード・フルブリッジは人工物で、しかも骨との界面の動揺が皆無に近いとみなせるので、その咬合については十分な配慮が必要である。
Jemt(1986)はショートスパン・ブリッジ、またはシングル・クラウンにオッセオインテグレーテッド・インプラントを応用する場合には、咬頭嵌合位で安定した咬合を与える他、偏心位で咬頭干渉を回避させることが重要であると述べている。この考え方は天然歯の咬合で広く受け入れられているもので、臼歯部の咬合様式として説得性があり、オッセオインテグレーテッド・インプラントにも活用すべきであろう。とくにボーンアンカード・フルブリッジでは複数のフィクスチャーが連結され、上部構造はワンピースにつくられている。したがって上部構造に加わる咬合圧はすべてフィクスチャーに分散されるが、フィクスチャーは主として前歯部に埋入されているので、偏心運動時の側方圧は臼歯部に加えないほうがよい。そういった意味で臼歯離開はこのシステムに合っていると考える。
一方、咬頭嵌合位で加わる咬合力はほとんど垂直的なものであり、その荷重は複数のフィクスチャーに均等に伝達される。フィクスチャーは近遠心的な幅をもった領域のなかに埋入されているため、カンチレバーによって発生するテコの作用に似た偶力によく耐える。そのため、カンチレバーの先端に強い力が加わっても、その力は垂直的に吸収されることが紙上の試算でわかった。したがって、咬頭嵌合位ではカンチレバーを含め上部構造全体で咬合させても、その荷重は生理的に受け止められると考えられる。これは咬頭嵌合位で安定した咬合を得るためにも効果がある。
偏心運動中に発生する咬合力は水平方向に働き、その荷重は遠心ほど大きくなる傾向がある。臼歯部に加わる側方圧はフィクスチャーを倒すように働くため危険である。これを避けるためには偏心運動中の咬合圧を前歯部に負担させるのがよい。犬歯に加わる咬合力は第2大臼歯に加わるそれの約1/8といわれ軽度である(Guichet 1970)。そのため同じ水平的な荷重であっても前歯部に埋入されたフィクスチャーに与える負担は少ない。この場合カスピッド・ライズのような1本のフィクスチャーにストレスを集中させるような咬合を避け、フィクスチャー全体に水平圧を均等に分散させるためにアンテリア・グループ・ファンクションを用いるべきである。
Albrektssonら(1986)は補綴物の荷重は、フィクスチャーにより支持されている領域に集中させるべきだと強調し、また他の研究者は水平荷重を軽減するために早期接触や咬頭干渉をなくす必要があると述べている(Lundgren、Laurell 1984)。以上からオッセオインテグレーテッド・インプラントの上部構造に与える咬合は、天然歯の理想咬合に酷似したものになることがわかる。
【ベクトル解析】
オッセオインテグレーテッド・インプラントの咬合様式として今日一番よく使われているのはバランスド・オクルージョンであろう。この咬合は総義歯用として適しているが、これをそのまま無批判にオッセオインテグレーテッド・インプラントに受けつぐのは疑問であることは上述した。
咀嚼効率を高めるためには咬頭傾斜ができるだけ急であることが望ましい。反面、極端に急な咬頭を与えると咬頭干渉を起こしやすくなるというのも事実である(Belser、Hannam 1985)。咀嚼運動は一般に上下的に行なわれるが、これは咬頭傾斜によってもある程度影響を受け、咬頭傾斜が急になると上下的要素の強い咀嚼運動が行なわれ、逆に咬頭傾斜が緩くなると水平的要素の強い咀嚼運動を行なう傾向がある(藍 1962)。正常な咀嚼様式とみられる上下的要素の強い患者と、正常ではないとみられる水平的要素の強い患者とを比較すると、前者の臼歯離開量が作業側、非作業側ともに後者の約2倍になることがわかっている(西尾ら 1986)。
上下顎臼歯の咬合状態と運動方向の前頭面観をみた場合、正常な咀嚼運動では下顎臼歯は上下的方向に運動するが、水平的要素が加わると片側に片寄り、側方運動の最終段階では下顎臼歯の咬頭は図の破線に沿って噛みこむことになる。臼歯離開量には前歯誘導が関係するが、ガイドが急になるほど破線の角度も急になり、臼歯離開量も大となる。咬頭の高さは破線の角度とともに増減できるが、もし咬頭の形状が破線よりも高くなると咬頭干渉が起きる。したがって咬頭を急にするといってもそこにはおのずと限界があることになる。
正常な咀嚼運動において食物を噛むと、上下方向に下顎が運動した場合、咬合力も上下方向に向かう。上下顎の臼歯の間にはさまれた食物が下顎臼歯咬頭から受ける力のベクトルは矢印Fで表されるが、この力は咬合面に垂直な成分Pと平行な成分Sにベクトル分解することができる。Pはcompressive stress(圧縮応力)と呼ばれ、対向する上顎臼歯の咬頭から食物に加わる向きが反対で、大きさの等しい反作用力と呼応して、食物を押しつぶしたり噛み砕く働きをする。
Sはshearing stress(剪断応力)と呼ばれ、やはり対向する上顎臼歯の咬頭から食物に加わる反作用力と呼応して食物を噛み切る働きをする。剪断応力は個体のある面に平行に作用して、その面に沿って物体をすべり切るように働く力と定義されている。これは鋏や刃物でものを切り裂くときに働く力である。歯科医学でいう臼磨力がこれに相当する。剪断応力は上下顎臼歯がウスをひくように側方限界運動を行なうときだけに発揮される力ではない。臼歯の咬頭傾斜が十分に急であれば、咬合力が上下方向に働いた場合でも咬頭傾斜に平行な成分を生ずるので剪断応力が働く。逆に咬頭傾斜が緩やかになると剪断応力が働かなくなり、ウシやウマのような反芻運動に似た側方要素の強い老人性の咀嚼運動を行なうようになる。
咀嚼運動が上下方向に行なわれるのが正常であることに異論の余地はないが、食物の咀嚼にとって重要な剪断応力が働くためには咬頭ができるだけ急であることが望ましい。しかし健康な正常人といえども、するめ、なまこ、あわび、乾肉といった噛み切りにくい食物を咀嚼するときは上下顎の咬頭をすり合わせるようにして剪断効率を高めるため、水平的要素の強い咀嚼運動を行なうことがある。またヒトには何十万代にもわたって硬い肉や繊維性の食物を無理して咀嚼してきた習慣が定着しているため、不必要に水平運動を行なう傾向がある(D’Amico 1958)。そのため可及的に咬頭を急にするとともに側方運動中に上下顎の咬頭がぶつからないような状態もつくらなければならない。このようにして生まれたのがバランスド・オクルージョンである。しかし、実際の場合に以上の原理をそのままあてはめられるとは限らない。
もし下顎が咬合器のように機械的に運動するのであれば、バランスド・オクルージョンで何ら支障がなく、最大の剪断力が得られ咀嚼効率も最大となるであろう。しかし、下顎と顆頭の間には軟組織からなる関節円板が介在しており、咀嚼運動中に咬合力が作用するとわずかに歪み顆路にぶれを生ずる。このぶれのためにバランスド・オクルージョンでは咬頭干渉が発生する。これを避けるには臼歯離開を与えるのがよい。機械工学では剪断の際に刃と刃の間に剪断しようとする物体の厚みの5~10%の隙間をもうける。これは鋏の‘カナメ’の部分を締めすぎると、厚くて硬いものが切りにくくなるのと同じ理屈であるが、上下顎臼歯間にも同じ目的の隙間をもうける必要がある。これもまた臼歯離開が必要とされ、バランスド・オクルージョンが好ましくない理由のひとつなるであろう。
総義歯にバランスド・オクルージョンが適するのは総義歯が弾性をもつ歯槽堤の上にのっているため動揺しやすい状態にあり、咬合力が働いても義歯自体が緩衝作用を有することに由来する。総義歯患者の咬頭傾斜角度は0~30度で、天然歯に比べて前方運動時の臼歯離開量は少ないためバランスド・オクルージョンが得られやすい(Colaizziら 1985)。
オッセオインテグレーテッド・インプラントの上部構造の咬合様式については、まだ十分な臨床研究は行なわれていないが、オッセオインテグレーションされたフィクスチャーは垂直圧に強いため、補綴物を介して伝わる咬合圧はなるべく垂直方向へまとめるほうがよいと思われる。1本のフィクスチャーは健全な天然歯の根1本に相当するから、これを臼歯部に埋入したような場合、できるだけ水平圧を避けるような咬合様式が望ましい。そういった意味で臼歯離開咬合はオッセオインテグレーテッド・インプラントに適すると思われる。前歯は側方咬合圧にさらされるようにできており、オッセオインテグレーテッド・インプラントにとっては不利な条件といえる。そこで前歯部にはできるだけ長いフィクスチャーを埋入し、もし天然歯が残されている場合はその歯と共同して側方圧を負担させるような咬合を付与するとよい。もし天然歯が誘導に作用参加すると固有受容体の反射により水平方向への荷重をコントロールできる。以上から次のような基準を提案する。ただし、これは1997年度現在における編者らの考えを述べたものである。
1)無歯顎者にボーンアンカード・フルブリッジを製作する場合は、臼歯離開を与えミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンとする。ただし前歯への水平圧の集中を避けるため臼歯離開量は天然歯の場合よりも少なくする。
2)無歯顎者にオーバーデンチャーを製作する場合は、バランスド・オクルージョンを与える。ただし、この場合前歯部にフィクスチャーが埋入されているため、機能中に前歯部は沈下しにくくなり、結果的にわずかながら臼歯離開に似た咬合になると考えられる。
3)前歯部の局部欠損にフリースタンディング・ブリッジを製作する場合は、残存歯に側方圧を負担させるという意味でアンテリア・グループ・ファンクションによる臼歯離開咬合またはグループ・ファンクションとする。側方運動はフリースタンディング・ブリッジにもガイドさせるようにしフィクスチャーだけに加重することがないように注意する。天然歯を加えることにより、固有受容体の反射により水平方向への荷重がコントロールされる。
4)前歯が天然歯で臼歯が欠損している症例にフリースタンディング・ブリッジを製作する場合は、臼歯離開を与えミューチュアリー・プロテクテッド・オクルージョンとする。臼歯離開量は天然歯の場合と同じでよい。これによるフィクスチャーへの側方加重が避けられる。