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下顎安静位

【読み】
かがくあんせいい
【英語】
Mandibular rest position
【辞典・辞典種類】
新編咬合学事典
【詳細】
⇒安静位 
呼吸や精神状態を安静にし、直立または正しい姿勢で腰かけて前方を直視したときにみられる頭蓋に対する下顎の位置的関係。
下顎の安静位は身体の姿勢と深い関係をもつ下顎位である。Posselt(1962)は、安静位は身体の姿勢を決定する機構と同じメカニズムによって決められる下顎位のため、姿勢維持位postural positionという用語で呼ぶほうが好ましいと述べている。安静位は姿勢反射によって位置づけられるので、体位や頭位によって影響を受けやすい。また安静位は下顎に加わる重力と咀嚼筋の緊張とのつりあいによって決められる下顎位でもあるため、呼吸のような生理機能的要素や情緒などの精神的要素にも大きく影響される。安静位は従来、咬合採得の参照位として注目されてきたが、頭蓋下顎障害の観点からは、患者の治療にリラキゼイションが重視されるようになっている。
Okeson(1995)は、スプリント治療の意義をリラキゼイションにおいている。この立場では、顎口腔系の受圧組織の安静が組織の栄養に関係し、機能時に加わる力に対する抵抗力を維持することになる。したがって、安静位を良好に維持することが重視される。近年、筋電図学的研究などから安静位の信頼性に疑問がもたれるようになった。安静位は咀嚼筋の“安静な状態”における下顎位を意味することから、咀嚼筋の筋生理学的見地から検討が加えられ、この下顎位における筋の自発性放電の有無が論議されている。神山ら(1956)は、咬筋、側頭筋、顎二腹筋の3つの筋について、安静位の放電範囲を切歯点運動範囲で測定し、放電範囲に含まれない無放電帯が比較的広い範囲に存在することを突きとめた。そのため安静位は2次元的な領域をもつもので、上下的な測定値だけから表現することは危険だと述べている。また、以上3つの筋に内側翼突筋、外側翼突筋を加え、その放電範囲を調べたところ無放電範囲が狭くなったが、覚醒時における安静位は必ずしも咀嚼筋の電気エネルギー変化の最小を意味するとは限らないと述べ、基準位としての安静位の意義を疑問視している。
一方、三谷ら(1959)は咀嚼筋の筋電図は必ずしもelectric silentを意味するものではないとし、安静位を上位中枢の興奮順位や、微妙な反射運動機構によって表現される動的平衡状態としてとらえている。そして下顎の安静位を見い出す方法として、安静という言葉にとらわれずに、それに相当する下顎位を反射的運動周期のなかから見い出すために、両側咬筋にパルス電流を与えたときの下顎位の動揺を研究して、別の方向から安静位を見い出そうとしている。
石原(1972)は、新しく咬合を挙上した補綴症例の経過観察から、安静位が位置的に一生涯不変であるという考えを否定し、従来からいわれているほど安静位に信頼度はないという見解を示している。
安静位から咬頭嵌合位への閉口路において下顎頭がヒンジ・ムーブメントを行なっているか否かについても種々の意見が出されている。末次(1961)はストロボ写真法を使い、無歯顎における安静位とその顆頭位を測定し、安静位における顆頭位は推定顆路の後端よりもわずかに前方に位置し、ほぼ半数がヒンジ・ムーブメントと思われる経路をとったと述べている。また、各種の下顎安静位(下顎安静位、境界運動後安静位、接唇位、嚥下位、嚥下後下顎安静位、[m]発音位、[s]発音位の7種)について、それぞれの平均的位置の相対関係を調べ、これら7種の下顎位が約10mmの上下的範囲内に分散し、嚥下位と[s]発音位は最上方に、また下顎安静位は最下方に、他はその中間にあったと報告している。そして安静位における顆頭位は下顎の上下的関係と対応し、下方にある下顎位では下顎頭は前方に位置し、上方にあるものではその逆を示すが、いずれにしても安静位における顆頭位は、前後的に2mmの範囲内にあり、平均的にみれば、咬頭嵌合位の顆頭位よりもやや前方にあると結論している。
安静位の機能的な意義については、従来から、Thompson(1946)やBoos(1952)らによって指摘され、安静位における咬合力などが問題にされた。しかし、最大咬合力が上下的顎位決定の基準となるか否かについては賛否両論がある。平林(1975)は、下顎の安静位から閉口筋群がわずかに伸長された状態で筋の最大張力が出現し、安静位は筋の張力が激減する範囲内にあることを突きとめ、安静位において最大咬合力が得られるという意見を否定している。しかし、臨床上、安静位が垂直顎間距離の決定において重要な価値をもつことは事実であり、その点で安静位や安静空隙を利用する方法を知っておくべきであろう。
下顎が安静位にあるとき、舌は普通、口腔底におかれ、舌と口蓋との間には空隙が現われる。これはドンダーの空隙(space of Donders)と呼ばれ、下顎が嵌合位をとると、この空隙はなくなる。