下顎運動測定法
- 【読み】
- かがくうんどうそくていほう
- 【英語】
- Measuring methods for mandibular movement
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- 下顎運動を測定または計測する方法。代表的な下顎運動測定法には、パントグラフ法、チェックバイト法、ゴシック・アーチ描記法、チュー・イン法、電子的下顎運動計測装置を用いる方法などがある。
【パントグラフ法】
下顎運動の非常に精密な口外描記装置で、ナソロジーの創設期(1930年代初頭)にMcCollumとStuartの2人により、全調節性咬合器とともに開発された。上顎フレームと下顎フレームからなり、クラッチを用いて上下顎歯列に固定される。下顎フレームは切歯点部の左右に各1枚、左右顆頭の外側に各2枚、計6枚の描記板を備え、上顎フレームは描記板と同数の描記針(弾筆)を備えている。上顎クラッチの咬合平面部にもうけられたcentral bearing plateと下顎クラッチのcentral bearing pinにより上下顎部の接触滑走を行なわせるため、咬合接触による干渉を排除した状態で下顎運動を測定することができる。
パントグラフ法は従来もっとも精密な下顎運動の測定法とされてきたが、下顎運動を運動学的に測定するには左右の顆頭中心と切歯点で代表される下顎三角の3頂点の3次元運動軌跡を計測しなければならない。パントグラフも6枚の描記板を用いて別々の位置でそれぞれ2次元の測定を行なっているから、一見6×2=12の自由度を測定しているようにみえるが、機械式のため6枚の描記板上のトレーシングから、下顎三角の3頂点の運動軌跡を求めることはできない。それにはコンピュータを用いた電子的計測が必須となる。また上述のように、パントグラフではクラッチを用い歯の非接触条件下で計測する。これは当初歯の接触による干渉の影響を避けて顆路を計測する趣旨から考案されたものであるが、顆路の測定を重視するあまり、下顎三角の前方頂点である切歯点の運動の計測がおろそかになる結果を生じた。切歯点の運動は前歯誘導を代表するものであるからその計測をおろそかにすることはできない。そのため最近では機械式パントグラフは研究用としては使われなくなり、3次元6自由度の計測能力をもち歯の接触滑走条件下でコンピュータを用いて下顎運動を計測する電子的計測法がとって代わりつつある。しかしパントグラフは咬合学が科学へと脱皮する過程で一般の歯科医学関係者にはじめて下顎運動を視覚的に観察する機会を与えた。パントグラフの描記結果から多くの歯科医がヒトの顆路の多種多様性を認識し、さらに作業側顆路(ベネット運動)の発現時期、方向、大きさに個人差が激しいことなどを知った。その意味でパントグラフは、エレクトロニクス技術が発達した現在においても、教育の場における有効性を失っていない。
【チェックバイト法】
セントリックと顆路上の任意の1点とを結ぶ直線が、各基準面となす角度を計測する方法。Christensen(1905)によって開発されたといわれている。Christensenは偏心運動中に下顎臼歯部が下方へ沈下して離開する現象を発見し、クリステンゼン現象と名づけた。チェックバイト法はこの現象を利用して顆路傾斜度を求める方法で、半調節性咬合器の運動の調節に用いられている。2顎位間の角度の計測法であるため、パントグラフ法のように運動経路全体を測ることはできない。生体の顆路は彎曲しているのが普通だから、チェックバイト法で計測した顆路傾斜度は顆路の彎曲の内方を測ることになり、実際の生体よりもやや緩やかとなる(保母 1978)。チェックバイト法とパントグラフ法の再現性の相違を計測した研究によれば、両者の差は顆路上の立体距離で平均0.23mmであったと報告されている(長谷川 1977)。チェックバイト採得時の下顎の移動量が5mmであったとき、この誤差は角度に換算して2.6度になる。チェックバイト法はパントグラフ法のように正確ではないが、術式が簡単で短時間に行なえるなどの利点を備えている。
有歯顎者のチェックバイト法の測定には、普通下顎の移動量が5mmのときの前方位で1枚、左右側方位で2枚、計3枚のチェックバイトを採得し、それぞれを咬合器上にマウントされた上下顎診断模型間に介在させて、そのつど咬合器の顆頭球とフォッサ・ボックスの内壁とがちょうど触れ合うように調節し、矢状顆路傾斜度と水平側方顆路角(ベネット角)を求める。チェックバイト法は簡便法であるため、水平側方顆路についてはベネット角またはイミディエイト・サイドシフトのいずれかしか測定できないが、保母(1986)は、イミディエイト・サイドシフト、プログレッシブ・サイドシフト、ベネット角の3者間に弱いながら相関関係があることを認め、チェックバイト法で求めたベネット角からイミディエイト・サイドシフトとプログレッシブ・サイドシフトを求める方法(IPB法)を案出している。
チェックバイト法は臨床的に普及している方法であるが、ベネット角の定義に下顎の移動量が設定されていないため、たとえば水平側方顆路のイミディエイト・サイドシフトが1.0mmでかつプログレッシブ・サイドシフト角が0度の場合、下顎の移動量が5mm、3mm、2mmに対応してベネット角がそれぞれ11度、18度、27度になるという矛盾を含んでいる。ちなみに上下顎歯の咬頭頂が対向関係にある範囲の下顎の運動量は2~3mmであり、チェックバイト法で求められる顆路は生理的な運動範囲を越えたものになる。
【ゴシック・アーチ描記法】
ゴシック・アーチを描記する方法で、口内描記法と口外描記法とがある。前者の端緒となったのはWarneckros(1892)の口内描記法で、その後Hesse(1897)やGysiにより改良された。パントグラフの切歯点部の左右に取りつけられた各1組の描記板と描記針は後者の一例である。以下口内描記法について概説する。
口内ゴシック・アーチ描記法は、下顎咬合床の中央に固定された描記針によって、上顎咬合床の口蓋中央部に取りつけられた描記板にゴシック・アーチを記録する方法である。切歯点部における偏心運動の測定もできるが、ゴシック・アーチの頂点(アペックス)が中心位と一致するため水平的顎位の決定法として今日でも重用されている。装置が軽く、取りあつかいが簡単で、測定される運動路が実際の下顎の運動量と同大になるなど多くの利点がある(松本 1972)。しかし測定点(標点)が1か所で水平面上の測定であるため、下顎運動の測定という観点からは能力が限定されている。
【チュー・イン法】
上下顎のいずれか一方に描記板をおき、対合歯または対顎に取りつけた描記針によって、下顎を自由に運動させたときの運動を記録する口内描記法。口内ゴシック・アーチ法と似ているが、機能的な中間運動を測定することを特徴としている。1911年、Luceによって開発された。パントグラフ法やゴシック・アーチ描記法が主に境界運動を記録するのに対し、この方法では境界運動と境界内運動が同時に記録される。またチェックバイト法が下顎運動時の2顎位間を結ぶ運動路を直線で再現するのに対し、この方法では生体と同じ彎曲をもつ立体的な運動路が簡便に再現できる。しかしチュー・イン法は、1)記録操作を口腔内で行なうため、記録を直接観察できない、2)描記針が太いためパントグラフのように精密な運動路が記録できない、3)無歯顎者の場合は、咬合堤が摩擦抵抗によって不安定になりやすい、などの欠点をもっている。
その後チュー・イン法はNeedles(1923)らにより改良がくり返されたが、1959年、Meyerが開発したF.G.P.テクニックもチュー・イン法の一種と考えられる。これは偏心運動中の歯の接触滑走をワックスで記録し、得られた3次元的な運動路を利用して補綴物をつくる方法である。複雑な咬合器を使わなくても、機能的な咬合面形態をつくることができるとして一部の臨床家の間で高く評価されている。このテクニックは主として歯冠補綴に用いられるが、局部義歯の製作にも応用できる。そして1960年には、Pankey、Mann、Schuylerらによって、このテクニックをオーラル・リハビリテイションに利用する方法が開発されている。チュー・イン法はこれらの改良を経てSwansonとWipf(1968)によるTMJ咬合器を用いたチュー・イン法の開発に発展した。この方法の特徴は、1)計測には上下顎歯列にクラッチを取りつけ、歯の接触滑走を除いた下顎の運動路を記録できるようにしたこと、2)チュー・イン法で記録された口腔内の運動路から、TMJ咬合器のハウジング内に盛った即時重合レジンのなかに立体的な人工的下顎窩を逆合成するようにしたことなどである。現在、境界運動と習慣運動を同時に再現できるのはTMJ咬合器だけであり、SwansonとWipfのチュー・イン法は、そういった点で高く評価されている。しかし、近年下顎運動の解析法が進歩し、それにともなってきわめて高い計測精度が要求されるようになったため、ハウジングの逆合成に用いる即時重合レジンの収縮による顆路の変形や適合性に対して疑問が投げかけられている。また記録時に顎関節にくり返し誘導圧がかかるため、顎関節の健全な症例以外にはすすめられない。
チュー・イン法は、精度的にも機能的にも満足すべき咬合が得られるといわれているが(田端 1974)、患者の顎関節がすべて正常な機能を営んでいるとみなし、患者の口腔内を理想的な咬合器としているところに問題があるという意見もある(三谷 1972)。
【電子的下顎運動計測法】
電子工学技術を用いて下顎運動を計測する方法。計測精度に優れ、また筋電図などと同時記録できるため、最近とくに注目されている。上顎歯列に対する下顎歯列のあらゆる位置における測定点(標点)の運動軌跡を記録でき、とくに通常の測定では困難とされてきた習慣運動を計測する能力をもっている。測定点の変位を電気信号に変換するセンサ(感知素子)の種類により、1)コンデンサ法、2)光電素子法、3)磁気素子法、4)ストレイン・ゲージ法、5)導電性被膜板法、などに分類することができる。ここでは製品化された3つの方法に限定して以下当初の製品開発年代順に概要を述べる。
1)磁気素子法
電子的下顎運動計測装置のなかで最初に製品化されたのは、磁気素子法によるマンディブラ・キネジオグラフである。Jankelson(1975)により開発された。これは患者の前歯部に取りつけた小型、軽量のマグネットまたは磁気コイルの動きによる磁界の変化を磁気感応素子で3方向からとらえて3次元的に計測する方法である。標点に小型マグネットを用いているため、口腔内にクラッチなどの大きな器具を挿入する必要がなく、咀嚼運動が容易に行なえるという利点がある。他の電子的下顎計測装置が一般に大型で、実験用または研究用としての性格を帯びているのに対し、この装置は臨床的に簡単に使用できるようにコンパクトにまとめられている。切歯点部の機能運動を記録する能力をもっているが、その結果を咬合器に再現することはできないため、もっぱら診断用として使われている。同種の装置にシロナソアナライザー、バイオパック・システムがある。この他にも磁気素子法に属するものとして坂東ら(1993)の開発した6自由度顎運動測定器MM-JIがある。この装置のセンサ部は上下顎用に6個の磁気コイルを組み合わせた1次コイル組立と3個の磁気コイルを組み合わせた2次コイル組立2組で構成されている。磁気素子法は非接触計測が可能であるが、一般に計測に利用する磁界が本質的に非線形性であるため、広い範囲の厳密な計測にはその補正を行なう必要があるという難点をもつものが多い。
2)光電素子法
光電素子法は下顎上に設定した測定点に点光源を取りつけ、その動きを上顎に取りつけた光電素子で検出する方法である。保母、高山(1982)は、偏心運動中の顆路を3次元的に計測する臨床用下顎運動計測装置(サイバーホビー・コンピュータ・パントグラフ)を開発し、患者の前歯部に取りつけるセンサ機構にはじめてCCD光電素子を採用した。CCD光電素子charge coupled deviceは外部制御による自発性の走査機能をもった光電素子で、一例では14mmの長さの一線上に1,024個の素子が配列された微細構造を有している。サイバーホビー・コンピュータ・パントグラフでは下顎に固定された測定点におかれた点光源に高輝度キセノンランプを用い、その発光を3本の光ファイバで3方向に放射し、それぞれに対向して上顎に固定されたセンサ部に配列された3本の1次元(線状)CCD光電素子で検出している。
ごく最近になって研究および診断用に開発・製品化された3次元6自由度の電子的下顎運動計測装置にもCCD光電素子を採用しているものがある。そのうちの1つトライメットTRI-METでは3台1組のリニアCCDカメラ(1次元光電素子)を被験者の左右に各1組配置しており、またナソヘキサグラフGnathohexagraphでは被験者から数メートル離れた測定台の上に面状CCDカメラ(2次元光電素子)を各1台配置している。いずれも測定点としては複数のLED light emitting diode(発光ダイオード)を用い、計測装置本体はコンピュータを内蔵してシステム化されている。光電素子法は、光の遠距離到達性を利用しているため、高輝度光源を用いればかなり離れた距離からの非接触計測が可能である。また光の直線性とCCD光電素子の等間隔微細配置構造を併用しているため、精度補正の必要なしに高線形性(高リニアリティ)かつ高信頼性の計測が可能な本質をもっている。
3)導電性被膜板法
導電性被膜板は方形で、表面が導電性の被膜で覆われ、各辺に多数の電極を配置した構造になっている。この方法は当初、保母、望月 1982、Hobo、Mochizuki 1983)により研究用3次元6自由度電子的下顎運動計測装置に採用された。保母らの装置のセンサ機構は、導電性被膜3枚をコの字型に組み立てた下顎センサからなっている。患者の前歯部の前面に取りつけたセンサ機構から偏心運動中に出力される各導電性被膜上の弾筆の2次元位置データ(計6自由度)がコンピュータ内でデータ処理される。Slavicekら(1987)は、Mack(1981)が開発したメカニカル・アキシオグラフの上顎フレームの左右のサイドアームに取りつけられた矢状面描記板を導電性被膜板と交換し、下顎フレームの左右のサイドアームに取りつけられたスタイラス(弾筆)を1本から2本に増やした。そして左右の矢状面描記板に接触する各2本のスタイラスの2次元的位置と各スタイラスが出入する動きを電子的に検出する機構を備え、3次元6自由度の下顎運動計測を可能にした。Slavicekらは、このように改造したメカニカル・アキシオグラフと新たに開発したコンピュータ・ソフト(CADIAX)を結合することにより、コンピュータ・アキシオグラフを開発している。保母らの研究用電子的下顎運動計測装置とコンピュータ・アキシオグラフとでは導電性被膜板の配置箇所が、前者では前歯部の前面、後者では顎関節の左右側面と異なっているが、3次元6自由度の計測は測定点の位置にかかわりなく可能なので、両者は導電性被膜をセンサ機構に用いるという点で共通している。
【現状の分析】
以上述べてきたように、下顎運動測定法はコンピュータで代表されるエレクトロニクスの急速な進歩により、大きく変貌しつつある。その結果、下顎運動全体を把握するための研究用下顎運動計測装置はコンピュータによるサポートを前提とした3次元6自由度の計測能力をもつことが絶対的な必要条件となった。診断用にも3次元6自由度の計測が望ましいが、一般の臨床で活用するには応用ソフトの開発が十分ではなく、またコスト・パーフォーマンスの観点からしても難点がある。一方、マンディブラ・キネジオグラフのような計測装置は、標点が切歯点の1点だけのため、診断内容がチューイング・サイクルや下顎運動の異常の発見などに限られているものの、コンピュータによるサポートを駆使することにより、コスト・パーフォーマンスの点で日常臨床用のレベルに近づいたといえよう。電子的下顎運動計測装置を用いる方法は、従来その測定結果を咬合器上に再現することができなかったが、保母ら(1982)の開発したコンピュータ・パントグラフやSlavicekら(1987)の開発したコンピュータ・アキシオグラフのように計測結果のコンピュータ出力を咬合器の調節に用いる試みがなされている。補綴臨床の品質向上には、診断における定量的計測とその結果を治療に結びつける応用ソフトが必須となるが、そのために必要な電子的下顎運動計測装置のコスト・パーフォーマンスのたゆまぬ向上と、応用ソフト面でそれを支える顎咬合学のさらなる進歩を期待したい。
⇒電子的下顎運動計測装置