下顎神経
- 【読み】
- かがくしんけい
- 【英語】
- Mandibular nerve
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- ⇒三叉神経
末梢神経のひとつ。第5脳神経とも呼ばれる。三叉神経には知覚を司どる感覚神経線維と運動を司どる運動神経線維とがあるため混合神経とも呼ばれ、顔面や口腔領域の知覚を脳に伝達するだけでなく、脳からの指令に従って、咀嚼、嚥下、発生などを行なうことにも関係している。
【三叉神経核】
三叉神経核には三叉神経中脳路核、三叉神経運動核、三叉神経主知覚核、三叉神経脊髄路核が含まれ、中脳、橋、廷髄、頚髄に存在している。
1)三叉神経運動核:三叉神経運動核から起こる遠心性の運動神経線維は三叉神経小部となり、下顎神経の運動神経線維となる。そして、咀嚼筋ををはじめとした下顎運動に関与する筋群の運動を司どっている。
2)三叉神経中脳路核:三叉神経中脳路核は、自己受容性の感覚(固有感覚)を司どる中枢として重要である。咀嚼筋に存在する固有受容体である筋紡錘や腱受容体からの情報は、三叉神経の三叉神経節を介さずに直接中脳根線維を経て中脳路核に伝達される。そして中脳路核で情報を整理したあと、運動核に指令が伝達され、運動神経線維を介して咀嚼筋の収縮や伸展が生じる。こうしたメカニズムのなかで中脳路核は筋紡錘や腱受容体から下顎の位置に関する情報を受け、下顎を正常に保持するように運動核を介して、下顎運動を司どる筋に働きかける役割りを果たしている。
3)三叉神経主知覚核と三叉神経脊髄路核:三叉神経主知覚核と三叉神経脊髄路核は、知覚を司どる中枢である。口腔顔面領域に存在するさまざまな感覚受容体からの情報は、三叉神経節を経て主知覚核や脊髄路核に伝達される。ここで、感覚情報のあるものは、さらに上位の中枢へ上行して、脳でその感覚が識別される。また、情報のあるものは三叉神経運動核に伝達され、咀嚼筋などの活動を促進、あるいは抑制するよう働きかける。
【三叉神経の主枝】
三叉神経の主枝には、眼神経と上顎神経、下顎神経の3つがある。これらの主枝は、三叉神経節から発した知覚根(これを大部と呼ぶ)が3つに分かれたものである。
1)眼神経:眼神経は3つの主枝のうちでもっとも細く小さく、前頭部、こめかみ、鼻などの皮膚や眼、副鼻腔、鼻腔などの粘膜の知覚を司どる。テント枝を分岐したあと、上眼窩裂を出て前頭神経、涙腺神経、鼻毛様体神経に分かれる。前頭神経は、さらに、眼窩上神経と滑車上神経に分枝して、前頭部、鼻背、上眼瞼部などに達する。涙腺神経は、涙腺枝として涙腺や上眼瞼外側の皮膚や結膜に分布するかたわら頬骨神経と交通する(交通枝)。鼻毛様体神経は、毛様体神経節との交通枝、長毛様体神経、後篩骨神経、前篩骨神経、滑車下神経に分枝し、眼球、紅彩、結膜、副鼻腔、鼻粘膜に分布する。
2)上顎神経:上顎神経は3つの主枝のうちの中間の大きさをもっている。この神経は上顎骨、上顎歯、上唇、硬口蓋、軟口蓋の前部と中部、鼻粘膜、頬部皮膚の知覚を司どる。翼口蓋神経、後上歯槽枝、眼窩下神経に分枝する。頬骨神経は眼窩に入ったあと、頬骨側頭枝と頬骨顔面枝の2枝に分かれ、側頭窩や側頭の皮膚および頬部の皮膚に分布する。翼口蓋窩に入り、翼口蓋神経節に合流する。そして、その一部は神経節に終わるが、一部は鼻腔および口蓋に分布する。翼口蓋神経節へは副交感性の運動根である大錘体神経と交感性の深錘体神経が合した翼突管神経が入る。そして、後鼻枝(鼻口蓋神経が分枝する)、口蓋神経(前、中、後の口蓋神経に分枝する)、眼窩枝が出て、鼻腔の後部粘膜、口蓋粘膜の前部、軟口蓋、口蓋扁桃、副鼻腔粘膜に分布する。後上歯槽枝は歯槽孔より上顎骨内に入り、上顎大臼歯とその歯肉に分布する。眼窩下神経は眼窩下溝に入り、眼窩下溝で中上歯槽枝を、眼窩下管で前上歯槽枝を分枝し、さらに眼窩下孔を出たあと、下眼瞼枝、外鼻枝、内鼻枝、上唇枝を分枝する。このうち、中上歯槽枝と前上歯槽枝は、後上歯槽枝と合して上歯神経叢を形成するかたわら、上顎の小臼歯と前歯およびその歯肉に分布する。ただし、中上歯槽枝はしばしば欠如するといわれる。その他の枝は、顔面の眼窩下部に分布する。
3)下顎神経:下顎神経は3つの主枝のうち最大のもので、しかも、知覚だけでなく運動も司どる点で、他の2つの主枝と異なっている。この神経は、下顎骨、下顎歯、下唇、頬粘膜、舌、外耳道、顎関節の知覚と咀嚼筋、顎二腹筋および顎舌骨筋の運動を司どる。卵円孔を出たところで、すぐ硬膜枝を分枝し、その後知覚根は耳介側頭神経、舌神経、下歯槽神経の3つに分枝する。三叉神経運動核から起こる運動根は、下歯槽神経に加わって伴走し、咬筋神経、深側頭神経、外側翼突筋神経、内側翼突筋神経および顎下骨筋神経となり、それぞれ咬筋、側頭筋、外側翼突筋、内側翼突筋および顎二腹筋前腹と顎舌骨筋に分布する。耳介側頭神経は、外耳道神経、耳下腺枝、顔面神経との交通枝、前耳介神経、浅側頭枝、耳神経節との交通枝を分枝し顎関節、外耳道の皮膚、鼓膜の外面の知覚と耳下腺の分泌に関係する。耳神経節は、延髄の唾液核にその核をもつ舌咽神経の鼓室神経叢よりの副交感性の枝である。小錘体神経と中硬膜動脈を包む交感神経叢の枝である交感根が入り、耳介側頭神経との交通枝、鼓索神経との交通枝、下顎神経の硬膜枝との交通枝、口蓋帆張筋神経、鼓膜張筋神経などが出る。舌神経は口峡枝、舌下神経との交通枝、舌下部神経、顎下枝、舌枝、鼓索神経との交通枝を分枝し、口峡部、舌、舌下部、顎下部の知覚や味覚、さらに、顎下腺や舌下腺の分泌を司どる。下歯槽神経は終枝のひとつで、舌神経と分かれ下歯槽動脈にともなって下顎孔を通り下顎管に入る。その直前に顎下骨筋神経を出す。下顎管内で数枝に分かれ、これらが歯槽下で結合して下歯槽神経をつくり、下顎の歯、歯肉に分布する。なお、末端はオトガイ孔からオトガイ神経となり、扇状をなして上方に走り、オトガイと下唇の皮膚に分布する。
【下顎運動と三叉神経】
三叉神経は運動を司どる体性運動系と知覚を司どる体性知覚系とに分けることができるが、機能的には、1単位として顎口腔系の諸活動を支配している。下顎運動の神経支配は、1)筋紡錘や腱受容体などの固有受容体、中脳根線維、中脳路核および中脳路核と運動核を結ぶ線維、運動核、運動根、咀嚼筋などの下顎運動を司どる筋からなるもの。2)関節包にある自己受容性の感覚受容体、下顎神経の知覚線維、半月神経筋、三叉神経脊髄路核、脊髄路核と運動核を結ぶ線維、運動核、運動根、咀嚼筋などの、下顎運動を司どる筋からなるもの。3)歯髄、歯根膜、歯肉、口腔粘膜、顎関節、その他上顎神経と下顎神経の知覚枝が支配する口腔顔面領域の皮膚にある感覚受容体、上顎神経と下顎神経の知覚線維、三叉神経節、三叉神経主知覚核、脊髄路核、脊髄路核と運動核を結ぶ線維運動核、運動根、咀嚼筋などの下顎運動を司どる筋からなるもの、などによって構成されている。これらのうち、前2者は、下顎張反射と関係があり、さらに、下顎の位置を正常に保持するのに大きな役割りを果たす。また、後者は、開口反射に関係があり、同時に、防御反射に関与するとして重視されている。下顎の運動は上位の中枢の統合制御のもとに調節され、調和のとれた持続的な協同作用として円滑に営まれる。歯、口腔粘膜、咀嚼筋、顎関節などの一般感覚は、主として三叉神経の上顎神経と下顎神経を介して脳に送られる。しかし顎口腔系という広い立場からその機能を考えるとき、口腔の感覚の神経機構には、顔面神経や舌咽神経、その他、自律神経などが関与していることも忘れることができない、たとえば、舌や口腔粘膜に存在する味覚の受容体をとってみても、顔面神経の枝である鼓索神経や舌咽神経がその求心路となり、味覚刺激を脳に伝えることにより、食中枢の刺激、唾液の分泌など、さまざまな生理的現象を惹起し、口腔の諸機能を円滑ならしめている。また、舌は咀嚼運動や嚥下運動、発声に直接関与する器官であるが、この運動は舌下神経によって支配されている。三叉神経の異常のひとつに片側性に激しい発作性の痛みを生じる三叉神経痛がある。テグレトールの投与の他、最近では脳外科による手術が行なわれている。