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顆頭位

【読み】
かとうい
【英語】
Condylar position
【辞典・辞典種類】
新編咬合学事典
【詳細】
下顎窩内の顆頭(下顎頭)の位置により表現される下顎位。通常は歯とは無関係に定義されている。いわゆる顆頭のセントリックで中心位、最後退位、顆頭安定位などがあり、この他靭帯位、関節包位のような用語も使われている。これらのなかでは中心位がもっとも一般的な用語であろう。
【中心位】
中心位centric relationはMcCollum(1921)によって名づけられた用語である。McCollum(1921)は、顆頭を下顎窩の最後壁にぴったりとおさえつけて下顎を開閉させれば、純粋な回転運動が行なわれ、このときの回転軸を咬合器の回転軸に一致させれば、咬合器上に患者の上下顎が開閉する際の下顎の回転中心を精密に再現できると考え、この下顎位を中心位と名づけた。McCollumの定義した中心位は今日では最後退位と呼ばれている。最後退位における下顎の回転軸はターミナル・ヒンジアキシスとなる。その後、McCollumの高弟のGranger(1962)は顆頭を下顎窩内の後方と上位に固定する後上方位を主張し、同じくStuartは内側方を加え、下顎窩内で顆頭を後方と上方と内側方の3点で固定した位置(略称RUMポジション)を提案した。GPTでははじめ、中心位は顆頭が下顎窩内で緊張することなく最後方に位置し、そこから自由に側方運動を行なえるときの上顎に対する下顎の位置的関係、と定義されていた。
以後数十年にわたり、ナソロジーではRUMポジションが受けつがれてきたが1973年に至りCelenzaにより大幅に修正された。Celenzaは、RUMポジションを付与した32症例のフルマウス・リコンストラクションの術後2~12年の咬合状態を調べ、30症例において咬頭嵌合位が0.02~0.36mmずれていることを知り、RUMポジションに疑問を抱くようになった。彼は顆頭が下顎窩内の“前上方位”にあるのが望ましいという見解を述べ、その理由を“顆頭の後方に神経と血管が豊富に分布したバイラミナゾーン(円板後部結合組織)があり、また下顎窩の最深部は骨組織の層が薄く、強大な咬合力から生じる応力(ストレス)に耐えるのに適しない”としている。1985年に開催されたNewport Harbour Academyにおいて、解剖的、生理的かつ機能的に適正な顆頭位を適正顆頭位optimum condyle positionと呼ぶことが決まったが、この用語は普及しなかった。
以上の経過を経て、1987年のGPT-5で中心位は“左右の顆頭がそれぞれの下顎窩内の前上方部において、関節結節の傾斜部と対向し、かつ関節円板のもっとも薄い駆血な部分と嵌合している上下顎の位置的関係。この位置は歯の接触に依存しない。また臨床的には、下顎は前上方に向けて誘導され、かつトランスバース・ホリゾンタルアキシスの回りで純粋な回転運動を行なう範囲にとどまっているときの位置である”と定義され、GPT-6(1994)でもこの定義が受けつがれている。
なお、顆頭が上前方位にあるときの回転軸をトランスバース・ホリゾンタルアキシスと呼び、中心位がRUMポジションから前上方位に変遷されたのにともないターミナル・ヒンジアキシスが呼称変更されている。こうして、中心位の定義は前上方位へ変遷したが、その臨床的な採得法はまだ確立されていない。そのコンセプトの核心は、“下顎窩内において顆頭が生理的に適正な位置にあり、下顎が無理なく純粋な蝶番運動を行なうことができるときの患者固有の下顎の基本位”であり、それによって咬頭嵌合位の基準とすべき理想的な下顎位を求めようとする主旨である。この考え方は、今後とも変わることはないであろう。
【最後退位】
最後退位は、顆頭が下顎窩内で緊張することなく最後方に位置したときの下顎位である。この下顎位は当初McCollumにより中心位として定義された。上述したように最後退位における下顎の回転軸はターミナル・ヒンジアキシスになる。
前上方位でトランスバース・ホリゾンタルアキシスを臨床的に採得する方法はまだ確立されていないので現時点では上顎模型を咬合器に取りつけるためにフェイスボウ・トランスファを行なう際、後方基準点はターミナル・ヒンジアキシスを用いるしかない。そのためターミナル・ヒンジアキシスを計測する顆頭位として最後退位は臨床的意義を失ってはいない。
トランスバース・ホリゾンタルアキシスの位置誤差が、セントリックの再現に無視できない影響を及ぼすことはよく知られている。後方基準点に平均値を用いたときに実測値との間に生じる位置誤差は最大±5mm前後とされている。トランスバース・ホリゾンタルアキシスに±5mmの位置誤差があるとき、厚さ3mmのセントリックバイトを用いて下顎模型をマウントし、その位置から咬合器を閉じると咬合位に最大400μmの無視できないずれを生じる(保母、高山 1995)。したがって開口位でバイトを採得する場合は、フェイスボウ・トランスファにおける後方基準点は平均値ではなく、実測値を用いなければならない。後方基準点を実測するときは、顆頭を下顎窩の最後退位におしこみ接面回転を生じさせる必要がある。そのためオトガイ誘導法を用いることになり、これによって求められる水平基準軸はターミナル・ヒンジアキシスであり、トランスバース・ホリゾンタルアキシスではない。一方、セントリック・バイトの採得は、アンテリア・ジグやリーフ・ゲージを用いた前上方位で行なわれ、このときの水平基準軸はトランスバース・ホリゾンタルアキシスとなる。その結果、ターミナル・ヒンジアキシスでマウントした上顎模型に対してトランスバース・ホリゾンタルアキシスを用いて採得したセントリック・バイトで下顎模型をマウントするかたちになり、2つの水平基準軸を混用する結果となる。両者の差が誤差となって咬合位のずれを生じることが考えられるが、3つの水平基準軸を生じる顆頭の位置の差は平均0.25~0.30mmであり(保母、岩田 1984、Hobo、Iwata 1985)、この大きさの計測誤差による影響は3mmの開口位でセントリック・バイトを採得したとして中心位で最大24μm、偏心運動時における咬頭路では6μm前後にすぎない(保母、高山 1995)。したがって、セントリック・バイトを採得するときに2つの水平基準軸を用いることによる咬合位のずれは無視できる。
【顆頭安定位】
顆頭安定位は、顆頭が下顎窩のなかで緊張することなく安定する位置と定義され、石原、大石(1967)によって名づけられた。病理解剖により摘出した新鮮な顎関節を保持し下顎骨を手指で軽く上方に押していくと、顆頭は下顎窩のなかで無理なく安定した位置におさまり、この位置が上下顎歯列の咬頭嵌合位と一致した(大石 1967)。この位置は前後的に0.3mm、上下的に0.1mm程度の自由度があるが、咬頭嵌合位が不明確な者や無歯顎者ではその幅が大きい(川畑 1971)。石原(1972)は顆頭安定位では顆頭は最後退位よりも約4mm前上方に位置すると述べている。これ以前には咬頭嵌合位における顆頭の位置を適切に表現できなかったが、顆頭安定位という用語により歯の接触位と顆頭位とが結びつけられるようになった。
河野(1968)は明確な咬頭嵌合位をもつ被験者に、矢状面内であらゆる下顎運動を行なわせ、マルチフラッシュ装置を用いて切歯点前方の2点の運動を測定し、切歯点の運動範囲に対応する顆頭付近の各点(計160個)の運動路をコンピュータにより算出した。その結果、ほとんどの点は運動中にループ状の軌跡を描くが、ループの上下幅が0.7mm程度のごく狭い帯状の運動路を示す特定点が顆頭上に存在することがわかった。石原、河野(1968)はこの軸を全運動軸kinematic axisと名づけた。全運動軸の最後上方位置は顆頭安定位であるが、この軸の存在は下顎運動が、平行移動translationと回転rotationからなることを実証している。河野(1996)は顆頭安定位を採得するとき、約10mmのストロークのタッピングを行なわせるように推奨している。
【ロング・セントリック】
ロング・セントリックlong centricは、中心位と咬頭嵌合位との間に咬合高径の変化をともなわない前後的な自由域をもつようなセントリックをいう。GPT-6ではlong centricは不適切用語とされ、代わりにintercuspal contact area(咬頭間接触域)という用語が使われ、咬頭嵌合位における歯の接触の範囲と定義されている。
Posselt(1962)は最後退位と咬頭嵌合位の一致する症例はたった12%だけで、残りの88%の成人では両者間に1.25±1.0mmのずれが検出されたと報告している。Schuyler(1959)は、安静位から咬頭嵌合位に至る習慣的な閉口路は最後退位の約1mm前方に存在すると述べ、習慣的に使う咬頭嵌合位は中心位の1mm前方に設定すべきであると主張した。Schuylerは最後退位と咬頭嵌合位の間のずれを生理的なものと考え、両者の間に咬合高径の変化をともなわない前後的な幅をもたせるロング・セントリックを提唱した。Schuylerにより提示された1.0mmという幅は、その後Ramfjordの0.5mm~0.8mm(1971)から0.3mm~0.5mm(1981)、Dawson(1972)の平均0.2mmへとせばめられた。現在、最後退位と咬頭嵌合位との間のずれについては約0.2mmという値が一般に合意されている。
【誘導法と顆頭位】
中心位の咬合採得時の下顎の誘導法については種々議論されてきたが、RUMポジションから前上方位への移行にともない、顆頭を下顎窩の“最後方”に位置づけて最後退位を求めるオトガイ誘導法は支持されなくなり、“最上前方”に位置づけるバイラテラル法やスリーフィンガー法がとって代わるようになった。さらに最近では咬頭干渉を解除した状態で挙上筋(開口筋)の作用により顆頭を下顎窩の前上方に保持するリーフ・ゲージ法が注目されている。この他、筋の自然な機能にまかせ術者による誘導なしに下顎を閉口するアンガイド法にもまだ根強い支持がある。河野(1996)が推奨している約10mmのストロークを用いた顆頭安定位の採得法もアンガイド法のひとつであろう。
保母、岩田(1984)は電子計測により、バイラテラル法ないしスリーフィンガー法、オトガイ誘導法およびアンガイド法の3つの方法で求めた顆頭中心の相対位置を調べた。その結果、バイラテラル法ないしスリーフィンガー法によって求めた顆頭位はアンガイド法によって得られたそれに対し平均して前方へ0.05mm、上方へ0.04mmの位置にあるもののt 検定による有意差はないことがわかった。一方、オトガイ誘導法の顆頭位はバイラテラル法ないしスリーフィンガー法およびアンガイド法の顆頭位に対し、平均してそれぞれ後方へ0.30および0.25mm、下方へ0.10および0.06mmの位置にあり、t 検定の結果も有意水準p<0.01で有意であった。前後的な差の0.30mmという値は、中心位と咬頭嵌合位の差についてRamfjordやCelenzaによる見解ともよく合っている。以上の結果は、オトガイ誘導法では顆頭を下顎窩の最後方に位置づけるため、円板後部結合組織に異常な圧力を加えるおそれがあり、生理的でないというCelenzaの見解を裏づけるものといえよう。