筋電図
- 【読み】
- きんでんず
- 【英語】
- Electromyogram
- 【辞典・辞典種類】
- 新編咬合学事典
- 【詳細】
- 針電極や表面電極を使って筋の活動電流を電気的波形に変えて記録する装置。イー・エム・ジー(EMG)ともいう。その波形から筋の活動様相、活動量、発現時間、間隔やリズムなどを知ることができる。筋の神経接合部に神経インパルスが到達すると、電位の変化が起こる。そして、筋線維に沿って順次に伝達され、筋線維を刺激して収縮させるため、電気放電が引き起こされる。筋電図は筋の収縮に先行して生じる電気的放電を記録する装置である(Schwarz 1959)。記録する筋の活動電流の性質により2種類に分けられ、1つは通常の筋電図で、筋の緊張や収縮にともなう活動電流を記録するものである。他の1つは、誘発筋電図と呼ばれ、神経筋のいずれかの部位に人工的な刺激を加え、その結果生ずる筋活動電流を記録するものである。筋電図はまた、誘導法によって、針電極によるものと表面電極によるものに分けられ、これらはさらに、単一筋線維筋電図、運動単位発射パターン、表面筋電図、多極表面筋電図に分けられる。
筋電図は、Moyers(1950)や河村ら(1954)によって歯科領域に導入され、主として表面電極により測定が可能な、咬筋、側頭筋、顎二腹筋などの活動状況の研究に用いられてきた。Moyersは、正常者では下顎を開口させるとき、最初に外側翼突筋から著明な活動電位が生じ、顎二腹筋は徐々に活動をはじめ、顎二腹筋の放電振幅が最大となるには、外側翼突筋よりも時間がかかることを発見している。また、河村は、咀嚼運動中の咀嚼筋の活動は、食品の性質によって異なり、ピーナツやせんべいのように強い力で粉砕しなければならないものを咀嚼する場合は、咬筋や側頭筋の筋電図活動は急激に起こり、その振幅も大きいが、持続時間は比較的短いことをつきとめている。そして、チューインガムのように、柔らかく粘稠性のある食品では、波形は徐々に大きくなり、その振幅も低く、リズムもゆっくりとしていると報告している。河村はまた切歯で噛んだときと臼歯で噛んだときでは、咬筋や側頭筋の活動状態に差を生ずると述べている。
咀嚼能率と筋電図の関係は、柳田(1959)、橋本(1969)、長沢(1975)らによって研究されているが、長沢は生米を用いた場合の咀嚼能率と咬筋と側頭筋の活動量の比には、高い相関関係がみられたと報告している。また橋本は、臼歯補綴の効果を筋電図学的に研究し、補綴後の咀嚼能率値の増加と、筋電図の放電量は正比例すると述べている。これらのことから、筋電図により咀嚼能率や補綴効果の調査ができることが示唆されている。
咬合力と筋電図の関係も追求され、三浦(1956)は、閉口筋の放電頻度が増加するに従って咬合力が増大することを報告している。深水(1972)は、咬合力の増大とともに咬筋と側頭筋の放電活動は増大し、その放電状態を比較すると、咬筋が主道的な活動をしていると述べている。下顎位と筋電図の関係も問題にされ、とくに安静位は筋肉位であるため、その位置の決定には筋活動が重要な役割りを果たしている。下顎安静位においても筋の放電は認められ、とくに覚醒時には下顎安静位は、必ずしも咀嚼筋の電気的エネルギー変化の最小を意味するとは限らない。また川添(1972)は、30名の正常有歯顎者に関して安静時の咬筋、側頭筋前部、側頭筋後部および顎二腹筋前腹の電位変動幅を調べ、側頭筋後部と顎二腹筋前腹の電位が大きいことから、これらの筋が安静位の維持に主力的に働いているという見解を示している。
咬合異常と筋電図の関係は、Jaraback(1957)とRamfjord(1966)が取りあげて以来、とくに問題にされてきた。咬合異常により咀嚼筋に病的な緊張が起こると筋電図に変化が現われ、筋電図波形は乱れ、各筋の協調性がなくなる。そのため筋電図は咬合異常や顎関節症の診断に用いられることがある。小林(1975)は顎関節症患者を対象にオクルーザル・スプリントの装着前後の筋電図を比較した結果、装着後に筋電図の波形が正常者の波形に回復したことを報告している。また、顎関節症患者の筋電図に出現するsilent period(咀嚼運動中の閉口筋にみられる筋電図波形でElectric silentな部分)に注目して、正常者のsilent periodと異常者のそれを比較することにより、筋電図を咬合の異常や顎関節症などの咀嚼系機能障害に対する診査のひとつの手段として取りあげている。また藤田(1973)も、咬合異常者に筋電図の標準的パターンから外れたものが多いことを報告している。歯の欠損のあるものの咀嚼運動中の筋電図の波形様相は、正常咬合者に比べ著しく異なり、咬筋と側頭筋の収縮は非周期性で、バランスがくずれる。
筋電図は優れた研究用器具であるが、まだ日常の臨床に使われるには至っていない。その理由として、筋電図の測定法と分析法が確立していない点が指摘されている(柳田 1958)。また、歯科領域には表面電極では測定できない外側翼突筋、顎二腹筋、内側翼突筋などの筋が存在し、その測定には、疼痛をともなう針電極を用いなければならないといった問題もあげられる。研究の場においては外側翼突筋に針電極を用いて下顎運動時の上顎・下顎の動態が調べられている(Wilkinsons 1988、福田 1992)。